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第一話

 サタナイル家は、代々、薬の製造と販売で財を成してきた豪商だ。

 彼らは広大な敷地の中にある大きな屋敷に住み、大勢の使用人にかしずかれ貴族のように裕福に暮らしていた。

 サタナイル家にはふたりの子供がおり、姉のグレイシアは類まれな美貌を持った勝気な少女、二つ下の弟、ロバートは姉とは真逆な性質の、大人しく真面目な少年だった。

 大切に、愛されて育てられた彼らの未来には何の陰りもないように見えたが、しかし、少しつづ歯車は狂い始めていた。


「おかしいんですよ」

 と、長年勤めているメイド頭が困ったように父親に言っているのを、学校から帰ってきたグレイシアとロバートは偶然聞いてしまった。

「……同じことを何度も仰るんですよ? それから苛立っていると思ったら、急に機嫌がよろしくなったり。どうしてよいか判らなくなる時があります」

「……あれは繊細な心を持っているのだ。優しくしてやってくれ」

「それは判っております。サタナイル家に嫁がれたその重圧も判りますから。ですが、最近は特に敏感になられていらっしゃるようで……他の使用人たちも困っているのです……その、何と言いますか、若いメイドたちは、怖いと」

「怖い?」

「はい。その……奥さまはご病気なのではないか、と」

「病気だと……?」

「身体の病気ではなく……その」

「精神を病んでいる、そう言いたいのか」

 父親の怒気をはらんだ声に、メイド頭は思わず一歩下がったが、しかし、そこから立ち去ることはせず、じっと父親の顔を注意深くみつめながら勇敢にも言葉を重ねた。

「失礼ながら……噂になっております」

「何?」

「旦那さまはご存知ないのでしょうか。奥さまのご家系には、何人かお心を病んで亡くなられた方がいらっしゃるとか。その、つまりそういうものは子孫にも遺伝……」

「よせ」

 父親は彼女の言葉を遮ると、大きな溜息をついた。

「このことはもう言うな。子供たちに聞かれたらどうする。いいな」

 メイド頭が、承知しましたと深く頭を下げる様子に、 グレイシアとロバートは黙って顔を見合わせた。


「あれってどういうこと?」

 グレイシアの部屋に入るなり、ロバートは美しい姉の顔を見上げて言った。

「心の病とか遺伝とか。あれは何? お母さまは病気なの? 僕たちの前では普通だよね?」

「……下らないわね」

 机の上に鞄を放り投げるように置くと、彼女はドレスの裾を気にせず、どすんと椅子に座った。

「あのメイド、クビにしてやる」

「だ、だめだよ」

 相変わらずの姉の気性の激しさに、ロバートは首をすくめながら言った。

「ジェインはこの家のメイドを取り仕切るメイド頭だよ? 辞められて困るのはこっちだって。それにクビなんて可哀そう」

「何が可哀そうなものですか! あの女は私たちのお母さまを侮辱したのよ!」

「え? 侮辱はしてないと思うけど……」

「ロバート!」

「は、はい!」

 ロバートは背筋を正して良い子の返事をしてしまう。こんな時は、父親よりも姉の方が怖い。

「サタナイル家は代々、薬を作り、病気や怪我で苦しんでいる人々を助けてきたのよ! そのサタナイル家の家族に病人が……私たちのお母さまが病で苦しんでいるというのなら、その病を癒す薬もあるはずよね」

「でも、お母さまの病気って心の病気って言ってたよね? 心の病を治す薬ってあるのかなあ。僕は聞いたことがないけれど」

「無ければ作ればいいわ」

 グレイシアは真っ直ぐに弟の顔を見た。射るようなその視線に、ロバートはつい目を逸らしてしまう。

「つ、作るって……?」

「私たちで作ればいいって言っているのよ!」

「……え。僕たちで?」

「ロバート。あなたは将来、このサタナイル家を継ぐのでしょう?」

「そ、そうだけど」

 ロバートは恐る恐るという感じで頷いた。

「そのために学校で勉強を頑張っているけど、新しい薬を作る知識なんて今の僕には無いよ。僕はまだ十二歳だよ?」

「だから何? 無いならもっと勉強しなさい。努力しなさいよ」

 きっぱり言われて、ロバートは次の言葉が継げなかった。口を閉じた弟に、仕方なさそうにグレイシアは言った。

「いい? ロバート。サタナイル家は私たちで守らなければいけないのよ。……お母さまの家系に心を患った人たちがいたという噂は私も聞いたことがあるわ。お父さま方の親族はそのことを悪く思っているようね。ひどいことを言っている人もいるそうよ」

「本当に? それって本当のことなの? お母さまは本当に心を……」

「ロバート! 私の話を聞きなさい」

「あ。はい……」

「それは本当のこと。お父さまだってご存知よ。それを承知で、お父さまはそんなことは関係ないと反対を押し切ってお母さまとご結婚なさったの。だけど、お父さまのお立場は微妙よ。苦しんでいらっしゃるわ。

 お母さまは確かに繊細なお心をお持ちになった方。だからってそれが悪いわけじゃないわ。時々、感情の出し方が……判らなくなるだけなのよ。頭がおかしいなんてひどいことを言う奴らもいるけれど、そんなの嘘よ。

 感情が穏やかになる薬があればいいの。そうよ、そうすればお母さまは勿論、そんなことで侮辱されている人たちを救えるのよ」

 人を救う。

 その言葉にロバートは、はっとした。

 それこそが、サタナイル家が代々掲げてきた信条だったからだ。


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