第八話
「私が殿下にお願いされましたのは、その星の刻印が付いた錠剤が何なのか、ということです。
殿下は城に仕える医師にもそれとなく尋ねたそうなのですが、そのような薬は知らないと言われたとか。
その薬がどのような効能を持ち、どこで作られ、何のために城に持ち込まれたのか、それを調べるのが私の役目。……あ、ユーリさま、大丈夫ですか?」
苦しそうにユーリは頭を振った。
「その薬をグレイシア王妃が持っていた。それは悪いことなのか……エメリアさまが亡くなったことと、関係があると?」
「いいえ。そうとは決まっておりません」
テリュースの宥めるような言葉に、しかしユーリは顔をしかめた。
エメリアさまが亡くなった時、その場に散らばっていた星の刻印の付いた錠剤。それが現在もグレイシア王妃の手元にある、というのは何を意味するのだろう。
「それで」
ユーリは溜息交じりに言った。
「君が女装して、男三人を痛めつけていた事とどうつながるんだ?」
「殿下からその話をされた時、胸騒ぎを覚えました。これは、昔に起こった悲劇が、夢という形で殿下の中に残っているということだけではなく、現在にも影響をおよぼしている問題なのではないかと。
そこで冷静に殿下の周辺を見渡してみたのです。
……陰謀の類が動き出す時、大抵の場合、それが些細なことであったとしても、何かおかしなことが起こっているものですから」
「何かあったのか?」
「殿下の馬車の御者がいなくなっておりました」
「御者?」
思い出そうとしたが、ユーリの記憶にあるのは平凡で寡黙な中年男の風貌だけだ。
「悪い男には見えなかったが……」
「はい。その男、ギルという名前なのですが……見かけは真面目ですが、裏に回ると酒や賭け事にだらしなく、方々に借金もあったとか。それは弱みです。そういうことに悪い奴は鼻がききますから、私はその消えた御者を追ってみました。そして男が常連だったという酒場をみつけました。
どうも胡散臭い連中が集まる場所で、地下には非合法の賭場もあるような店です」
「そこに女装して?」
「あらくれの男どもから話を聞き出すには、麗しの乙女の方がいいですからね。口の動きも良くなるでしょうし、なにより男は女に油断します」
テリュースは微笑むと話しを続けた。
「店主に御者の行方を聞いてみましたが、案の定、判らないようで。ただ、ここ数日、急に御者の羽振りが良くなり、おかしいと思って気を付けて見ていたそうです。するとある男たちとよくつるんでいることに気が付いたと」
「ある男たち、というのは君を襲った連中か?」
「恐らく。ある程度の危険は覚悟の上でしたが、こんなに早く襲われるとは思ってもいませんでした。どこで見られているか判らないものですね」
「その割には手際が良かったが」
「軽くダンスを踊っただけですよ」
含み笑いを漏らすと、テリュースは改めてユーリを見た。
「御者はどうも、その男たちに情報を売っていたようです。情報というのは、勿論、殿下のものです。
御者は殿下がどこに行き、誰と会っていたかなんてことを知る立場にありますから。そういった情報を欲しがる人物がその男たちを飼っているのでしょうね」
「殿下の情報……」
「はい。ですから、ユーリさまも身辺にお気を付け下さい。敵はあなたの情報も持っていると考えた方がいいでしょう」
「そう、だな」
その時、ユーリの頭に浮かんだのは、ケイトリンの姿だった。殿下の一番近くにいるのは彼女だ。
そして最近、殿下がガーランド家に立ち寄ったことも、御者が売った情報に入っているだろう。
スージー……。
漠然とした不安に苛まれるユーリに気が付かず、テリュースは話を続けた。
「私を襲った男のひとりに、一か八かで星の刻印の錠剤を見せてみました。正直、あまり期待していなかったのですが、男の顔色からどうやら的外れではなかったようです。彼は、この薬を知っていました」
「本当か」
思わず、ユーリは足を止め、テリュースの肩を掴んだ。
「なら、何故、あの男を逃がしたんだ? 問い詰めることも出来たはずだろう?」
「必要ありません」
「何?」
「酒場の店主からあらかじめ聞いております。あの男たちはある貴族の飼い犬だと」
「貴族……」
嫌な予感に苛まれながら、ユーリは尋ねた。
「その貴族とは……誰だ」
「……コリックス男爵です」
ユーリから、ああ、と溜息交じりの声が漏れた。
「まだ調べている途中です。ですが、ある程度、予想通りと言えます」
思わず目を閉じたユーリの耳に、冷静なテリュースの声がやけに大きく響いた。




