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第七話

「星? それは殿下の命令かい?」

「いえ。それが、お願い、なのです」

「お願い?」

 軽く眉間に皺を寄せて、ユーリは言った。

「殿下が命令ではなく、お願い、とは」

「はい。私に小遣い稼ぎをしないかと」

「それで、君はそれを受けたのか」

「断る理由もございませんので」

「……私は何も聞いていない」

「ユーリさまを危険な目に遭わせたくなかったのでしょう。こういうことは私の方が適任ですから」

 慰めるようにテリュースから言われ、ユーリは居心地が悪そうに身じろぎした。小さく咳払いをすると、改めて彼を見る。

「それで、その星というのは何なのかな」

「これをご覧ください」

 テリュースはポケットからハンカチーフを取り出すとユーリの目の前で広げた。薄茶色の薬と思しき錠剤がひとつ乗っている。

「これが星?」

「よくご覧ください。星型の刻印が押されているでしょう?」

 言われてユーリはその錠剤をまじまじと見た。確かに表面に小さな星の形の刻印が押されている。

「なるほど。それでこれは何の薬なんだ?」

「それはまだ謎ですが、王妃さまのお薬ということには間違いございません」

「……ん? どういう意味だ? どうして断言できる?」

「それは……王妃さまのお部屋からいただいたものなので」

「いただいた? ……まさか、忍び込んだわけではないだろうな」

「私ではありません。王妃さま付の侍女から一錠だけ、取ってきてもらったのです」

「なんということを……!」

「ユーリさま、落ち着いてください。人目があります」

 言われてユーリは周囲を見渡す。

 いつの間にか路地を抜けて、大通りに出ていた。周囲をたくさんの人々が行きかい、中には不思議そうにこちらを見ている者もいる。ユーリは慌ててテリュースを道の端の暗がりに引っ張り込むと、声を落として言った。

「どういうことだ? それも殿下の命令……いや、お願いなのか? 王妃さまの部屋から薬を一錠盗め、と?」

「まさか。これは私の独断です。私には親しくしております侍女が数人おりまして、彼女たちの話から星の刻印の付いた錠剤をグレイシア王妃がお持ちと知ったので、それで取って来てもらいました。実物がある方が何かと便利ですから。大丈夫。バレませんよ」

「ちょっと待ってくれ。わけが判らない。どうしてそんなことを」

 ユーリは頭を抱えてうめいた。

「一体、君は何をしているんだ?」

「はい、ご説明いたします。どうでしょう、歩きながら話しませんか。誰かに立ち聞きされては困りますから」

「ああ、判った」

 さっさと歩き出したテリュースの背中を追いながら、ユーリは溜息をついた。

 殿下にまつわることを、こんな街角で聞く羽目になるとは思いも寄らなかった。

 どっと疲れが出て、ユーリは再度、溜息をついた。

「……殿下から夢の話を伺いました」

 テリュースが不意に振り返って話を始めたので、慌ててユーリは顔を上げる。

「あ、ええっと、夢……とは、殿下が繰り返し見る悪夢のことか?」

「やはり、ユーリさまはご存知でしたか」

 にこりと笑うとテリュースは続ける。

「殿下は仰いました。この現状を打破するためにその悪夢に立ち向かう必要があると。それで、夢の内容をよく思い出すようにしたのだそうです。そうして思い出したものが」

 テリュースはユーリの傍に寄ると、そっと耳元で囁いた。

「殿下の母君を殺害した者の顔」

「なんだと!」

「それから、その時にベッドや床に散らばっていた小さいもの。それが何かの薬……錠剤だということに気が付かれたそうです。その錠剤に」

「星の刻印があったというのか」

「はい」

 するりと身体を離すと、また歩き出しながらテリュースは言った。

「私は、信頼できる侍女たちに薬のことを尋ねました。昔のことでも今のことでもいいから、そんな薬を見た覚えはないか、と。城の中のことを熟知しているのは侍女たちですからね。彼女たちに聞くのが一番手っ取り早い。それで同じものと思われる薬を現在も王妃さまがお持ちということが判りました。そこで一錠、こっそり持ってきてもらったのです。

 王妃さまのお部屋から勝手に持ってきたということは伏せて、殿下にもその錠剤を見ていただきました。確かによく似ているとのことで……」

「待ってくれ。少し話を戻す。殿下は母君を……エメリアさまを殺害した犯人の顔を思い出した、と言ったのだな」

「……はい。ですが、それが誰なのかは、私には教えてくださいませんでした」

「そうか……」


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