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第六話

「ありがとう」

 素直に礼を言うと、ユーリは困惑している彼女の傍に寄り、その腕を取った。

「家まで送って行きましょう、お嬢さん」

「あ、あの……それには及びません」

「うら若い乙女がこんな治安の悪い場所を、しかも夜に一人歩きするなんて、男としては見過ごせないな」

「……というより」

 ふっと諦めたように微笑むと彼女は真っ直ぐにユーリの顔を見た。

「聞きたいことがおありになるのでしょう?」

「それもあるね。さあ、参りましょうか、お嬢さん」

「ああ、判りました。少々、お待ちを」

 彼女は仕方なさそうにユーリから離れると、履いていた高いヒールの靴をいきなり脱ぎ棄てた。次にためらいもなくドレスの裾に手をやると大胆に捲り揚げる。

 紳士なら目を逸らすだろうその状況に、ユーリは全く動じることなく、彼女に呑気に声を掛けた。

「お手伝いをしましょうか、お嬢さん?」

「あら、結構よ」

 うふふと笑うと、彼女は手慣れた様子でするりとドレスを脱ぎ捨てた。そしてそれを惜しげもなく近くのゴミ箱に押し込むと、今度はボンネットを頭から取り去った。それを使って唇にひいた鮮やかな紅をぐいと拭うと、さっきまでそこに立っていた麗しの美女は消えて、暗い色調の服を着た一人の青年が現れた。

「お待たせいたしました、ユーリさま」

 彼は懐から取り出した男物の皮靴を履くと、ステップを踏むようにユーリの傍に戻った。

「さ、参りましょう。いつまでもここにいるのは危険です」

 彼の言葉に従って一緒に歩き出しながら、ユーリはまじまじと青年を見た。

「やはり君か。……殿下の従者で、確か名前は……」

「テリュースと申します」

 笑顔を崩さず、彼は丁寧に頭を下げた。

「大変失礼をいたしました。まさか、このような場所でユーリさまとお会いするとは思わず」

「どうして君は女装していたんだ?」

「男から情報を聞き出すにはあの格好が有効かと」

「男の腹を蹴ったり、首を絞めるのにドレスは関係ないと思うが?」

「まあ、かかる火の粉を払うこともありますよ」

 女装は解いたというのに、テリュースはふふふと女性的に笑った。

「それよりも、どうしてユーリさまがこんな時間にこんな場所に? 似合いませんね」

「……こちらにもいろいろある」

「いろいろ、ですか?」

 言って、テリュースはユーリが来た方向を背中越しに振り返った。

「あちらの路地は、確か、魔術とか占いとかを生業にした怪しげな者どもの巣窟。そんなところに、ユーリさまが出入りしているとは驚きです」

 彼は上目遣いにユーリをみつめた。

「ユーリさま。何か悩みごとですか?」

「……何故そう思う?」

「女の勘」

 ウィンクを投げてよこすテリュースにユーリは一瞬絶句したが、結局、笑ってしまった。

「……殿下が君を可愛がる理由が判るような気がするよ」

「でしょう?」

 平然と言い放つテリュースにユーリはお手上げというように肩を竦めた。

「藁をもつかむ、そんな感じだったな。我ながらこんな場所に来てまで救いを求める自分が不甲斐ないよ」

「救いは得られましたか?」

「いや」

 ユーリは少し考えてから言った。

「あることがあって、魔法や呪いについて少し知識を得たかった。それで自称魔女や自称魔術師を訪ねたのだが、ろくなことは無かった」

「と、仰いますと?」

「嫌な顔をされただけだった。入って来るなと怒鳴られたりもした。私の身体には彼らを怯えさせる何かが染み込んでいるようだな」

「何かが、とは何でしょう?」

「さあな。それが判れば苦労しない」

「いいのではありませんか」

「うん?」

「あの路地に住む自称魔女や自称魔術師はお世辞にも良い連中とは言えませんからね、そういう連中がユーリさまを拒むというのは良い兆候だと思いますよ」

 それからユーリを上から下まで眺めた後、ひとつ頷くと言葉を続けた。

「はい。ユーリさまに厭なものは何一つございません。あなたはとても美しい」

「……は?」

 ぽかんとユーリはテリュースをみつめた。

「美しい? 私が?」

「はい」

 にこにこしているテリュースにユーリはただただ唖然とした。そして、ふっと心から息をつく。

「何だか君と話していると、悩んでいることが大したことではないように思えてくるよ」

「大抵はそういうものです。……あなたが美しいのはあなたの内側から差す光が美しいから。

 そういう人には必ず味方がおります。あなたを大切に想う人がひとりでもいる限り、あなたは大丈夫です」

 そして図らずしも、ユーリの手袋をした手にそっと触れた。

「何事も気持ちの持ちよう。少なくとも私はそうやって生きて参りました」

「なるほど」

 優しく、だがどこか頼りなく笑ってユーリは言った。

「それが君の強さの秘訣というわけか?」

「……私は幼少の頃から城に仕えております。私には養わなくてはならない家族がおりまして、城の中だけでは十分に稼げませんでした。こっそりと抜け出しては、このような裏路地に潜り込み、口では言えないことも、まあ、色々とやって参りました。城の中でも、外でも、同じように熾烈な戦いはございます」

「戦いか」

 ユーリはふと足を止めて、テリュースを見た。

「それで、君は今、何の戦いに参加しているのかな」

「……星を追っております」


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