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第三話

 セドリックは、誰もいない早朝の中庭に立ち、自分の生まれ育った城を見上げていた。

 白亜の美しい城は、かつてはセドリックの自慢だった。それが、今は忌まわしい牢獄にさえ見えてしまう。

 セドリックは暗い溜息をつき、ふと東側に目を向けた。

 城の後方にパレスと呼ばれる王族の居住区がある。国王の執務室や寝室はその東側にあり、幼い頃、セドリックは、入ってはいけないと言われていた執務室にこっそりと入り込み、勝手に本を持ち出したり、寝室のベッドに潜り込んでは、知らずに入ってきた両親を驚かせるなど、無邪気ないたずらを繰り返していた。

『いけない子ね』

『このいたずらっ子め』

 そう言って両親は怒った顔を作ってみせるが、結局は笑いながら、セドリックの頭を撫でてくれるのだった。

 あの優しい母も、尊敬してやまなかった父も、もういない。あの頃には戻れないのだ。

 また溜息をついた時、背後に気配を感じた。セドリックは振り向かず、声を掛けた。

「どうした、テリュース」

「さすが、殿下。背中に目があるのですね」

 にこにこ笑って近づいてきたのは、セドリックの従者のひとりであるテリュースだ。

「朝の支度の途中で、あなたさまが庭に出られるところを偶然、お見かけしまして、老婆心で付いて参りました。朝とはいえ、このような人けのない庭でお一人とは、危のうございますよ」

「危ない?」

 そこでようやく振り返ると、セドリックはテリュースの顔を見た。明るい紅茶色の瞳に、いつも頬にはほんのりと桃の色が灯っている。常に口元に優しい笑みを浮かべている彼はとても愛嬌があり、親しみやすい。誰しもが彼の前では警戒心を解いてしまう癒し系の青年だ。

 セドリックよりふたつ年上の彼は、幼少の頃から親元を離れ、下働きとして城に仕えていた。その才覚を認められ、セドリックの従者のひとりに選ばれたのは五年ほど前のことになる。

「ここは城の中だぞ」

 呆れたように言うセドリックに、神妙な面持ちでテリュースは応じた。

「はい。ですから危ないと。城の中には怖いものがたくさんございますからね」

「怖いもの、か」

「はい。憎しみも嫉妬も焦燥も怒りも悲しみも、何でもございます。それはとても怖いものですよ、殿下。とり憑かれて殺されないようになさってください」

「……城の中でそんなことを平気で言うのはお前くらいなものだな」

「勿論、内緒話でございますよ、殿下。とにかくお気を付けください。あなたさまにもしものことがあれば、私にも、もしものことがあるのですから」

「もしものこと? お前にか」

「はい。私は殿下の一番のお気に入りですから、あなたさまがいなくなったら、私は嫉妬に身を焦がす連中に、たちまち城から追い出されてしまいます。そうなると困るのですよ、実家は貧乏なもので」

「いつからお前が俺の一番のお気に入りになったんだ?」

「ああ、そうでした。ユーリさまの次、でしたね」

「馬鹿」

 思わず笑ってしまったセドリックに、テリュースは、にこやかに言葉を続ける。

「ユーリさまで思い出しましたが、私がユーリさまにお手紙をお届けした、例の花束の件。ご首尾はいかがなりましたか?」

「うん? ああ、まあ、それなりにだ」

「はあ、左様ですか……」

 テリュースは少し残念そうな顔をする。花束と聞いて、想像力豊かにいろんなことを考えていた彼は、言い淀むセドリックの様子に上手く行かなかったのだろうと察して、次の言葉をためらっているのだった。

「テリュース」

「あ、はい」

「どうだろう、小遣い稼ぎをしてみないか」

「はい?」

「頼みがあるんだ」

 ぽかんとテリュースはセドリックの顔を見返した。

「はあ。ご命令とあればなんなりと。小遣いなど無用です」

「いや、命令ではない。頼んでいるのだ。これは俺の個人的な頼みだ」

「え……?」

「……最近、思い出したことがある」

「何でしょうか」

 テリュースは事情を察して、すっと彼の傍に寄ると、声を落として言った。

「私に出来ることでしたら何でも致します、殿下」

「……俺は子供の頃から繰り返し見てきた悪夢がある」

「ああ、はい」

 悪夢の内容は知らないが、確かにうなされているセドリックの声を聞いたことはあった。テリュースは頷き、彼の次の言葉を待った。

「今まではその夢のことを考えないようにしてきたが、それは間違っていた。俺は、その夢について色々と考えることにしたんだ」

「考える、とは、どのような?」

「夢というものは曖昧なものだと思わないか。目覚めると確かに見たはずなのに、はっきりと思い出せない部分がある」

「はい。夢とはそのようなものですね」

「そこで俺はその夢の細部まで思い出すように、朝、目覚めるとよく考えるようにしたんだ」

「思い出すように、ですか? 悪夢をわざわざ?」

「ああ、そうだ」

「悪夢など、忘れてしまいたいものでしょうに」

「そうだな。だが、この現状を打破するためには、あの悪夢から逃げていてはだめなんだ。どうしてあんな夢を見るのか、あれは果たして本当にあったことなのか……立ち向かってやろうと思ったんだ」

「……それで、あなたさまはその夢に、何をご覧になられたのですか」

「母を殺した、と思われる人物の顔。それから」

 セドリックは、そっとテリュースに耳打ちした。


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