第四話
訪ないに応じて現れた初老の執事はあらかじめ指示を受けていたのだろう、ユーリのことは丁重に出迎えたが、その傍らに立つケイトリンを見ると微かに眉を顰めた。
「……これはケイトリンお嬢さま。その、お久しぶりでございます」
「ああ、クリント。本当、お久しぶりね。お元気そうでなによりだわ」
平常を装ってケイトリンは笑顔で答えた。
「突然、ごめんなさい。スージーはいるかしら?」
「はあ」
クリントは困った様子で言った。
「あ、あの、スザンナお嬢さまは生憎、来客中でございまして」
「判っている」
と、応じたのはユーリだった。彼は毅然として言った。
「私とウィルローズ嬢はセドリック殿下の呼び出しにより来訪した。通していただきたい」
「あ、はあ」
少しの間、クリントは逡巡していたが仕方なさそうに言った。
「どうぞ、お入りください。セドリック殿下とスザンナお嬢さまは客間におられます。こちらです」
「いいわ、判っているから」
案内しようとするクリントを制して、ケイトリンは先に立って長い廊下を歩きだした。子供の頃からよく遊びに来ていた屋敷だ。自分の家のように熟知している。
客間が近づくと、楽しげな笑い声が聞こえてきた。思わず足を止めたのは、久々に聞くスージーの声にほっとしたからだ。
良かった。スージーはいつもと変わらず幸せそうだわ。
「ケイティ?」
「あ、ごめんなさい。ユーリさまからどうぞ」
ケイトリンに言われて、ユーリはひとつ頷くと、客間の扉をノックした。
「どうぞ」
スージーの声がして、ユーリが扉を開くと、ソファーに座っていたセドリックはすぐに立ち上がり、その向かい側に座っていたスージーは驚いて目を丸くした。
「……あら、あなたは」
「失礼いたします。私はユーリ・ケントリッジ少尉。セドリック殿下の副官です。本日は殿下からお届け物を」
「こっちに来い、ユーリ」
言葉を遮ってセドリックはユーリを手招いた。
「ガーランド嬢を紹介しよう」
「あ、いえ。その前に」
ユーリが後ろを振り返ると、ケイトリンがおずおずと姿を現した。今度はセドリックが目を丸くした。
「ケイトリン、どうしてお前がここに……」
「その、スージーに会いたくて。ユーリさまとは偶然、お会いして……」
「ケイティ!」
スージーが軽やかにケイトリンに抱きついてきた。
「ケイティ、本当にあなたなのね! ああ、ようやく会えた! 夢みたい!」
「スージー! 私も会いたかったわ……」
親友を優しく抱きとめると、ケイトリンは胸が詰まった。こんなに大好きな友達を私は出し抜こうとしていたなんて。
「ごめんね、スージー」
「どうして謝るの?」
顔を上げて、スージーはきょとんとケイトリンを見た。
「謝るのは私の方よ。あなたが黒の樹海に行くと聞いた時も、無事に戻ってきた時も、私はあなたの元に行けなかった。本当はすぐにでも飛んで行きたかったのに両親が許してくれなくて」
「それは、ご両親があなたを想って……仕方ないことよ」
「私、怖かったの。両親の言いつけを破るのも、家の立場が悪くなるのも……。だから、動けなかった。私は卑怯よ。大切な友達よりも保身を取ったのよ、私は……」
「もういいの」
ぎゅっとスージーを抱きしめるとケイトリンは言った。
「今、重要なのはあなたが私の大好きな親友だということよ、スージー」
「ケイトリン、ありがとう。私も大好きよ」
みつめあい微笑むふたりに、申し訳なさそうにユーリが声を掛けた。
「あ、あの、友情に水を差すようで悪いのですが、私はそろそろ退散いたします」
「え。あら、お帰りですか」
慌ててスージーがユーリに顔を向けて言った。
「あの、ごゆっくりなさって。あなたは私の大事な親友を連れてきてくださったのですから。今日は両親ともに留守ですの。お気遣いはいりませんわ」
「あ、いえ。私は殿下にお届け物を」
「届け物?」
セドリックが不思議そうに口を挟んだ。
「ユーリ、何を言っている? 届け物とは何だ?」
「……はい?」
「その手にあるものは花束か?」
「そうですが、これは殿下が」
「ガーランド嬢。どうやら我が副官はあなたに贈り物があるようだ。受け取っては貰えないだろうか」
「殿下!」
顔を赤くしてユーリが叫んだ。
「お待ちください! 殿下、これは一体」
「ユーリ、女性を待たせては失礼だぞ」
しれっとセドリックは言う。それから唖然としているケイトリンに近づくと、彼女の腕を取った。
「どうだ、ケイトリン。庭でも散策しないか。ガーランド家の庭は見事だ」
「……あ、はい」
ケイトリンが返事をするや、セドリックは強引に彼女の腕を引っ張ると客間を出た。
まあ、今日は殿方に強引に腕を取られてばかりいる日だわ。
ケイトリンは、おずおずと高い位置にあるセドリックの顔を見た。その横顔はいつものようにむっつりしている。




