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第三話

 ケイトリンがぎくりと足を止めたのはガーランド家の正門の、その鉄柵の隙間から王家の馬車が見えたからだ。待機している御者に見覚えがある。

 セドリックさまがガーランド家にいらしている……?

 慌ててケイトリンは身を翻すとその場を離れた。

 スージーに会ってくださいと自分で言ったのだ。セドリックが彼女に会うためにガーランド家を訪れていたとしても驚くことはない。なのに、ケイトリンは激しく動揺していた。

 ……だ、駄目だわ。今は行けない。

 私は婚約破棄されたばかり。スージーには会いたいけれど、セドリックさまと今お会いすることはとても無理。どんな顔でお会いすればいいのか判らないのだもの……。

「ふたりのお邪魔はしたくないわ……」

 溜息まじりにそう呟くと、彼女はにぎやかな大通りから外れて裏道へと入った。今は静かな場所にいたかった。ひとりになりたかったのだ。

 俯き加減でとぼとぼ歩いていると、危うく前から歩いてきた人とぶつかりそうになった。

「あ、ごめんなさい……」

 思わず身をすくめて謝罪すると、相手の男性は優しく言った。

「どうしたの? そんなに俯いて」

「え?」

 聞き覚えのある声に驚いて顔を上げ、更に驚いた。

「まあ、ユーリさま!」

「やあ、ケイティ。会えてうれしいよ」

「わ、私も……」

 そこまで言って、喉が詰まった。気が付くと涙があふれて頬を伝っている。

「ケイティ?」

「……ごめんなさい。ちょっと安心して。ユーリさま、ご無事で……本当に、良かった……」

「もう私は大丈夫。だからそんな顔をしないで。それに、死にかけていた私を助けてくれたのはケイティだよ。何を謝るの?」

「……ユーリさま」

「笑ってくれると嬉しいのだけど?」

「はい」

 涙を指で拭いながらケイトリンは言った。

「努力します」


 ユーリはケイトリンが落ち着くのを待って、そっと問いかけてみた。

「ケイティはどうしてこんなところをひとりで歩いているの? ガーランドのお屋敷にいるとばかり」

「え? どうしてそう思うのですか?」

「ああ、実は、私も今からそのガーランドのお屋敷に行く途中で……実は殿下の使い走りで。

 どうしてお届け先がウィルローズ家ではなく、ガーランド家なのか、不思議に思っていたけれど、あなたもガーランド家に呼ばれているのなら納得いく話ですね」

「え? いいえ、私は……あ、あの、ユーリさまが使い走りって、どういうことですか?」

 話しがまったく見えないケイトリンは不思議そうに首を傾げた。

「確かに、ガーランドのお屋敷にはセドリックさまの馬車が停まっていましたけれど」

「ああ、それなら急がないと。お届け物を殿下が待っておいででしょう。それからケイティのこともきっとお待ちですね」

「私を? そんなことはありえません。セドリックさまはスージーにお会いになっているのです」

「……スージーに?」

「あ、ご、ごめんなさい」

「いいえ、大丈夫。私のことはお構いなく」

 慌てるケイトリンに、柔らかく微笑んでユーリは言った。

「では、一緒にガーランド家に行きましょうか」

「ユーリさまはご存知ないのですね。私、セドリックさまから婚約破棄を……」

「ああ、そのことは……」

 ユーリは俯くケイトリンに優しく言った。

「私は詳しいことは何も聞いていなくて。これは直接話を聞けるよい機会だと思っています。さ、行きましょうか」

 ぐいと腕を引っ張られて、ケイトリンは慌てた。

「え? わ、私は行けません!」

「駄々をこねないで。早くしないと折角のお届け物がしおれて駄目になってしまう」

「しおれる?」

 そこでケイトリンはユーリが抱えている包みに目をやった。

「それは……?」

「花束ですよ。これを私は殿下から頼まれたのです。ケイティへの贈り物でしょう」

「あ、それは」

 きっとスージーへの贈り物だわ。

 けれど、その言葉はスージーに想いを寄せているであろうユーリには言えなかった。

 もじもじしていると、またぐいと腕を引っ張られる。

「さ、行きましょう」

「だ、駄目です! 私は行きませんから!」

 踏ん張ってみたものの、ユーリの力に敵うわけはなくいとも簡単に、ついさっきガーランド家から逃げてきた道をずるずると戻ってしまうケイトリンだった。

「ユ、ユーリさまあああ」

 涙目で縋るようにユーリを見るが、彼はにこにこ笑うばかりで取り合ってくれない。

 遠くにガーランドの白亜のお屋敷が見えてくると、ケイトリンもついに力を抜いて、覚悟を決めた。

 この先、セドリックさまと顔を合わすことなく同じ国の中で暮らしていくのは難しいこと。それにスージーには今すぐにでも会いたいのだから。

「ユーリさま、判りました。参りましょう」

 そっと、彼の腕を自分から取るとケイトリンは言った。

「エスコートをお願いします」

「喜んで」

 ユーリは微笑むと優雅にケイトリンを(いざな)い、改めてガーランド家へと歩みを向けた。


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