第七話
「え? それはどういう……?」
「お前は話してくれたな、子供の頃のガーデンパーティでの失態が原因でパーティが苦手になったと」
「……はい、そうです。思い出すのも恥ずかしいことです。……あの、それがどうなさったのですか?」
「話しただろう、そのパーティに俺も出席していたと」
「ああ、そうでしたね。確かにそのようなことを仰っておられました。……あれは本当のことだったのですか?」
「おいおい、嘘だと思っていたのか」
苦笑するセドリックに、慌ててケイトリンは言った。
「い、いえ、そういうことではなく、セドリックさまがあのパーティに出席されていたという記憶が私には無くて」
ケイトリンは慌ててガーデンパーティの時の記憶を探ってみた。
……私とスージーはあの時、八歳だった。セドリックさまは……十三歳だったはず。あの場に、私たち以外に子供がいたかしら?
ケイトリンが思いを巡らしていると、セドリックが静かに言った。
「バタカップもそこにいた」
「え? バタカップ?」
ますますケイトリンは混乱する。
あの場に、お馬さんがいたという記憶は更にないわ……。
「言っておくが馬のバタカップのことじゃないぞ。犬のバタカップだ」
「犬?」
ぽかんとするケイトリンに仕方なさそうにセドリックは付け足した。
「ほら、例の写真だ。お前がショーンと俺を間違えた」
「あ!」
思わずケイトリンは声を上げる。
ショーンそっくりの子供の頃のセドリックが映っていたその写真には、柔らかそうな毛並みの犬が一緒に写っていた。
「ああ、そうでした、バタカップ! セドリックさまのお母さま、エメリアさまの犬でしたね?」
「ああ。俺はバタカップと一緒に育ったんだ。大事な家族だったよ」
セドリックはふと寂しげな顔をしたが、すぐに笑顔に戻ると言った。
「あのガーデンパーティは、身分は関係なく無礼講で楽しもうという趣旨の催しだった。母も俺も呼ばれていてな、俺はバタカップも連れて行きたいと言った。身分に関係なく、というのなら犬でも参加できるはずだと俺は言い張った。しかし母は反対した。それで喧嘩になってしまって、結局、母はパーティへの出席そのものを断ってしまった」
「あら、断ったのですか?」
「母はな」
にっとやんちゃにセドリックは笑った。
「俺は母の目を盗んで、お付きの者を買収し、馬車を出させ、バタカップとパーティに出席した」
「ば、買収……ですか? 十三歳の子供が」
「おう、まかせろ」
「……さすが、セドリックさまです」
ケイトリンは困惑しながらも、セドリックさまらしいと笑みを漏らした。
「それで、誰にも咎められずパーティに出席できたのですか?」
「ああいう場では、堂々としている方が怪しまれない。さっさと会場に入って、バタカップとテーブルの下に潜り込んだ。普段は制限されているデザートや料理をこっそりと運び込んで好きなだけ食べた。なかなか楽しいひと時だった」
「テーブルの下、ですか」
ケイトリンはそこでようやく得心した。テーブルの下に隠れていたのなら、彼の姿を見ていないのは当然だ。セドリックがいたという記憶が自分にないのも頷ける。
「それで、だな」
珍しくセドリックが言葉を詰まらせた。次の言葉を言うことを迷っているようだった。
「それで……バタカップがな」
「はい、バタカップが何ですか?」
「……何かに驚いたのか判らないが、突然、テーブルの下から飛び出したんだ。俺は慌てて止めたんだが……間に合わず、そこにいた女の子に飛びかかってしまった」
え? それって……。
「その女の子は驚いて転んでしまった。その時、テーブルクロスを咄嗟に掴んだようで、テーブルの上の料理ともども派手に倒れ込んだ。それは近くにいた出席者も巻き込んでの大参事となってしまったわけだ」
「セ、セドリックさま? もしや、それは……」
「そうだ、お前がパーティ嫌いになったあの騒動は、俺とバタカップが原因なんだ」
「……まあ!」
「まさか、と思ったが、しかしお前の話しと俺の記憶はどうも重なってしまう。あの時、転んで泣いていた女の子はお前だな?」
「驚きました……」
呆然とケイトリンは言った。
「あの時、飛びかかってきた犬は写真に写っていたバタカップだったのですね? 私はあの時、セドリックさまに既にお会いしていたのですね? こんなことって……」
「騒動が収まった後、俺はバタカップを連れて謝りにいったが、お前は見向きもしてくれなかった……」
「ええ? そうなんですか? ああ、そう言えば、あの時、一緒にいたスージーにもそんなことを言われましたが……申し訳ないのですが、私、あの後のこと、まったく覚えていないのです」
「覚えていない? 俺が謝ったこともか?」
「はい。あまりにショックで、心が何も受け付けなかったのだと思います……」
申し訳なく、ケイトリンは頭を下げた。そして、セドリックを覚えていない自分にとてもがっがりしていた。
「そうか」
一瞬の間の後、ぼんやりとセドリックは呟いた。
「覚えていないのか……」
「はい、申し訳ありません」
「あの時、あのパーティで、俺は……心を惹くものをみつけたんだ」
「え? 心を惹くもの、ですか?」
「ああ」
不意に遠い目になって、セドリックは言った。
「彼女はとてもたおやかな人で、優しい話し方をした。控え目な笑顔がとても魅力的な女の子だった」
「……え?」
「あの女の子はどこの誰でなんという名前の人だろう? テーブルの下からこっそりと彼女の様子を観察していた。気になって仕方なかったが、とても声をかける勇気はなくて……そんな時だった、バタカップが飛び出して行ったのは。
バタカップは普段はおとなしく、よく言うことを聞く行儀のいい犬だった。いきなり人に飛び掛かっていくなんてことは考えられない。もしかしたら、俺のためにきっかけを作ろうとしてくれたのかもしれないな」
「あ、あの……それは……」
ケイトリンの胸は高鳴った。
それは私のことを仰っているの? まさか、まさか……!?




