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第六話

「ショーン。それから、アレン、いや、ブランシェル侯爵」

 セドリックに正式に称号で呼ばれて、アレンは背筋を伸ばし、はいっと良い子の返事をする。大きな目でこちらをじっとみつめるアレンの一途な様子に、好意的な笑みを浮かべてセドリックは言った。

「これから大人の話しをする。悪いがふたりで別の部屋に行って遊んでくれないか」

「えー、大人の話しって」

「ショーンさま。僕の部屋で植物図鑑を見ませんか。いろいろ教えてください」

「え。植物」

 ぱっとショーンの顔が輝いた。

「行く! アレンの部屋はどこ?」

「こちらです」

 アレンは先に立ってショーンとその後をぴたりと付いてくるジェイドを案内した。こうして三人が客間を出て行くと、ふっと小さな溜息をついてウィルローズ夫人が言った。

「では、私も席を外しましょう」

「え! そんな。お母さまはここにいてください」

「いいえ。私は殿下からこれまでのお話しをすっかり伺いましたから、もう胸がいっぱいでこれ以上何も入りそうにありません」

「……お母さま、怒っていらっしゃるのね?」

「ケイトリン」

 夫人は優しい瞳でわが娘をみつめる。

「違うわよ。そういうことではないの」

 そっとケイトリンの髪を撫でると、夫人は静かに言った。

「これから殿下がお話しになることは、あなたがしっかりと受け止めなくてはならないことよ。だから、ふたりきりで話し合う方が良いと思うのよ」

「お母さま?」

 にこりと微笑むと、夫人はソファーから立ち上がり、セドリックに優雅にお別れの挨拶をした。セドリックがそれに礼を返すと、夫人は足早に客間を後にした。

 母親がいなくなると、ケイトリンは途端に落ち着かなくなる。

 どうしよう。

 セドリックさまとふたりきり、なんて。

 つい先日まで任務に付き添って、ずっと傍にいたというのに、ふたりきりというこの状況にはどうしても慣れることができない。いつも、胸が高鳴り、頬が火を吹くように熱くなる。

 真っ直ぐに顔を見ることが出来なくてケイトリンが俯いているとセドリックが静かに呼び掛けた。

「ケイトリン、従軍看護師の任、ご苦労だった。大変な思いをさせてしまってすまなかった」

「え」

 ケイトリンは弾かれるように顔を上げた。

「そんな! ちっとも大変ではありませんでした」

「大変ではなかったのか?」

「はい!」

 胸を張って言ってしまってから、ケイトリンは、はっと口をつぐんだ。『黒の樹海』への任務は大変以外の何ものでもなかったのに。

「あ、あの。少しだけ、大変でした……」

「そうか」

 セドリックはそう言うと、愉快そうに声を立てて笑った。心からの明るい笑い声に、ケイトリンは救われたような気がした。

「あ、セドリックさま、ユーリさまのお加減はいかがなのでしょうか? 入院なさっているのでしょう? ずっと気になっていたのですが、私、屋敷から出ることが出来なくて」

「ユーリは大丈夫だ」

 笑いを収めると、セドリックは言った。

「あいつは優しい見かけと違って強い男だ。明日には退院できるそうだ」

「ああ、良かった。他の皆さんもお変わりありませんか?」

「大丈夫だ。みんな、いつもと変わらず元気だ。バタカップも元気だよ。お前を恋しがっている」

「まあ、バタカップが」

 楽しそうに笑った後、ふと、ケイトリンは真顔になってセドリックをみつめた。

「……あの、陛下にはお会いになりましたか?」

「父上か」

「はい。その……任務のご報告はされたのですよね?」

「いや、まだだ」

「え? まだ?」

 ケイトリンは心から驚いた。

 帰還したその足で、すぐに国王とグレイシア王妃に謁見しているとばかり思っていたケイトリンは、『虹のかかる泉』の水を持ち帰れなかったことでセドリックが責められているのではないかと心配していたのだ。

「あの、それでは私に対するお咎めも……まだ、なのですね」

「お前に対するお咎め?」

「はい。私はあんな強引なやり方で国境壁の跳ね橋を降ろさせたのです」

 言いながら、ケイトリンはあの時のことを思い出し、恥ずかしさと怖さでまた俯いてしまう。

「国王陛下の命の背いたわけですし、コリックス男爵も黙ってはいないでしょう」

「美しかった」

「え?」

 驚いて顔を上げると、自分を愛おしそうにみつめるセドリックの瞳とぶつかった。また、頬が熱くなる。

「あの時のお前は勇敢で、そして何よりも美しかった。眩しいくらいに」

「そんな、お戯れを……」

「お前は俺たちの命を救ってくれただけだ。それに何の咎めがあるというのだ。心配するな。誰が何と言おうと、お前にもお前の家族にも指一本、触れさせない。お前たちのことは俺が必ず守る。安心してくれ」

「あ、ありがとうございます……」

 ほっと胸をなで下ろして、ケイトリンは頭を下げた。

 あの時、コリックス男爵の『ウィルローズ家は終わりだ』という言葉が心の重荷になっていたのだ。

「私のせいで家族が投獄されるなんてことになったら、私、どうしようかと……」

「そんなことはさせない。いつになるか判らんが、謁見の際にはっきりと申し上げる。父上にも、あの女にもな」

「あの、そのことですが……」

 恐る恐るケイトリンは言った。

「陛下がセドリック様とお会いになることを拒絶している……わけではありませんよね?」

「いや、その通りだ」

 ふっと口元だけで笑うと、セドリックは続けた。

「俺はすぐに父上との謁見を申し出たが、今はだめだ、追ってこちらから通知する。それまで第一部隊は待機せよとの言伝が届けられただけだった。それきり何も言ってこない」

「何も、ですか」

 さすがにケイトリンは唖然とした。

 死ぬ思いをして任務から帰った息子に、その成果は別として、親ならばすぐに会いたいと思うものではないのだろうか……。

「そんなことって……」

「その代り」

 あえて明るい声でセドリックは言った。

「ショーンは仔犬のように尻尾を振って俺に飛びついて来たぞ」

「まあ、ショーンさまが?」

「ああ、ジェイドが止めるのも聞かず、部屋にまで押しかけてきて森の様子はどうだったか、珍しい植物はなかったかと、質問攻めだったよ」

「ふふ。ショーンさまらしい」

「まったく、その前に俺の身を案じて欲しいものだがな」

「セドリックさまが強い軍人さまだということをショーンさまはご存知なのですわ。……ああ、それからアレンと仲良くしていただいて、とても光栄です」

「そうだな。ショーンはお前の弟が気に入ったようだ」

 そこでふと、セドリックは遠い目になって呟くように言った。

「ケイトリン。少し、昔の話しをしていいだろうか」

「昔の話し、ですか?」

 きょとんとする彼女に、セドリックは楽しそうに言った。

「お前がパーティ嫌いになった原因の話し、だ」


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