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第三話

 全員が驚いて振り返った。そして、いつになく覚めた彼女の瞳を見て更に驚いて声を上げる。

「……え! どうしたの?」

「ケイトリン? 顔が怖いけど……」

「ごめんなさい」

 不意に、ケイトリンは馬上から深く頭を下げた。

「私、みなさんに助けていただいてばかりで何も出来なくて……看護師なのに、ユーリさまをお助けすることも出来なくて……本当にごめんなさい」

「何を言っている」

 セドリックがケイトリンに向き直ると怪訝そうに言った。

「どうした? お前、何を思い詰めているんだ」

「私は……みなさんのお役に立ちたいのです」

「何を今更。お前は充分、働いてくれた」

「いいえ」

 力なく、ケイトリンは首を振る。

「私は何も……。セドリックさま、ユーリさまはもう限界です。急がないと取り返しのつかないことになります」

「……お前、何を考えている?」

「私なら、何とかなります。私は皆さんの中で一番、軽いですから」

 ケイトリンは手綱を握り直すと、そっとバタカップに囁いた。

「お願い。あと少しだけ、私に力を貸して」

「待て、ケイトリン!」

 セドリックが彼女の考えていることを察して叫んだ時には、ケイトリンは鮮やかな手綱さばきでバタカップと共に駆け出していた。

 風のように一瞬で自分たちの間をすり抜けた彼女を彼らはただ見送るしかなかった。

「ああ、なんてこと!」

 アンが悲鳴のような声を上げた。

 全員が息を呑む中、ケイトリンは少しの迷いもなく、宙に浮いた不安定な跳ね橋にバタカップを大きく飛躍させたのだ。まるでダンスでもするような優雅なステップでバタカップは跳ね橋の上に降りると、後は一気に国境壁の天辺に向かって勾配を駆け上がった。

 驚いたのは門番とコリックス男爵だ。まさか馬を使って宙に浮いた跳ね橋を渡って来る者がいるなど思ってもいない。

 彼らがあたふたとしているうちにケイトリンはバタカップと共に、ひらりと国境壁に降り立っていた。わっと地上にいる第一部隊から歓声が上がる中、ケイトリンは冷静に男爵と向き合った。

「馬上から失礼いたします、コリックス男爵」

「な、何だ、お前は……!」

「私はケイトリン・スザンナ・ウィルローズ。今回の第一部隊の任務に同行いたしておりました従軍看護師です」

「……なるほど。お前が姉上の言っていた邪魔な没落貴族の看護師か」

 ふんと鼻で笑うと、コリックス男爵は卑下にするようにケイトリンが着ている看護師の制服を見た。白く清潔だったその服は、今や汚れてあちらこちらが綻び、血がにじんでいる。

「その看護師風情が随分と強引なことをしてくれるものだ。許可もなく国境壁に上がって来るとは無礼にもほどがある。覚悟はしているのだろうな」

「覚悟など、とっくの昔です」

 地上に残した第一部隊をちらりと見下ろすと、彼女は静かに言葉を続ける。

「跳ね橋を降ろしてください、男爵。病人がいるのです」

「できんな」

 男爵は胸の前で腕を組むと、冷たく言い放つ。

「跳ね橋を降ろしてはならん、第一部隊を国に入れるな、というのは国王陛下のご命令だ。背くことはできん」

「嘘です」

 鋭く斬りこむようにケイトリンは言った。

「国王陛下は慈悲深いお方。しかもセドリック殿下がおられるというのにそのようなことを命令なさるはずがございません」

「黙れ、小娘。命令は命令だ。さっさとここから下りて、殿下に伝えろ。どうぞどことなりともお好きな所へお行き下さいとな」

「……この国にはどうしても入れない、とおっしゃるのですね?」

「何度も言わせるな。そら、邪魔だ、出て行け。小汚い小娘が」

「お黙りなさい!」

 彼女の凛とした声は、下にいる第一部隊の耳にも届いた。全員が唖然として国境壁の天辺をみつめる。そこからでもバタカップの背中に乗ったケイトリンの姿がはっきりと見えた。

 真っ直ぐに背筋を伸ばし、一歩も引かない姿勢で男爵に向き合う彼女は眩しいくらいに勇敢だ。

 ケイトリン……!

 セドリックは手綱をきつく握りしめた。


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