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第二話

「あ、あの……」

 初老の門番がセドリックの顔色を気にしながら、口を開いた。

「私どもも正直、困惑しておりまして……セドリックさまご帰還の報を受け、城にその旨、お伝えするべく兵を走らせました。それから殿下をお待たせしてはいけないと思い、すぐにこのように跳ね橋を降ろし始めたのですが……」

「城から俺たちを入れてはならんと通達があったのだな?」

「はい……。ですから、途中で跳ね橋を止めたのです。下に降ろすことも出来ませんが、しかし、殿下がおられるのに上げてしまうことも出来ず、このような中途半端なところで跳ね橋は止まっているのです……」

「なるほどな」

 溜息交じりにセドリックは言った。

「お前たちの立場も判るが、今、ここには病人がいる。早く病院に連れて行きたいのだ。頼む。跳ね橋を降ろしてくれ」

「それはいけませんな」

 門番が口を開こうとしたその刹那、違う声が割り込んできた。門番を押しのけるようにして国境壁にその姿を現した男を、セドリックは睨みつける。

「ほう、これは意外な人物のお出迎えだ。光栄、と言っておこうか……」

「病人などと恐ろしい。森から持ち帰った病原菌を国にばらまくおつもりか」

「馬鹿なことを」

 唸るようにセドリックは言った。

「ユーリは伝染病を患っているわけではない! 屁理屈を並べる暇があるならさっさと跳ね橋を降ろせ!」

「殿下!」

 激昂するセドリックの背後に、追いついてきた第一部隊の面々が慌ただしく馬を並べた。そして、中途半端に降りている跳ね橋を見てそれぞれが声を上げる。

「本当に途中で止まっている……! どうなっているんだ」

「おい、門番! さっさと橋を降ろせ! こっちは命がけで森から脱出してきたんだぞ!」

「国に入れないつもりか? ふざけんな!」

 騒然とする部隊に、セドリックは怒りのこもった声で応じた。

「少なくともあの男は、俺たちを国から締め出す気のようだぞ」

「あの方は……」

 小さく息を呑んだのはケイトリンだ。

 冷たくこちらを見下ろす黒衣の男には見覚えがあった。

「もしや……」

「ああ、我が母上の御弟君(おんおとうとぎみ)だ」

 ……コリックス男爵。

 アリアナさんのお父さま……。

 神経質そうな線の細い顔立ちが、グレイシア王妃によく似ていた。

「アリアナさんにも似ているわ……」

 ぼんやりとそう呟いたケイトリンを、怪訝げにセドリックが振り向いた。

「どうした、ケイトリン? 大丈夫か」

「はい……」

「ケイトリン?」

 思いつめた顔をしている彼女に、尚も問いかけようとした時、邪魔をするように頭上から男の声が降りてきた。

「殿下、ご無事でお戻りいただき、なによりです」

 セドリックがきっと顔を上げると、穏やかに笑うコリックス男爵と目が合った。

「姉上もことのほかお喜びですよ、殿下」

「ほう、グレイシア王妃が我が部隊の帰還を喜んでおられるとは。それが何故、俺たちを国に入れずに締め出すのだ?」

「ところで」

 わざとらしく話しを変えると、コリックス男爵はじろじろと第一部隊を見回した。

「目的の水はどうなさいましたか? 『虹のかかる泉』の水。勿論、採取して来られたのですよね?」

 ぐっと押し黙る第一部隊の様子を楽しげに見て、コリックス男爵は話しを続ける。

「おや、どうさないましたか? まさか、任務を途中で放り出して手ぶらで戻って来たというわけではありますまいな?」

「み、水は採取したんだ」

 ニールが必死の形相で答えた。

「森の神に許しを得て、ちゃんと貰ってきた……」

「それなら」

 男爵は煩わしそうにニールの言葉を遮ると言った。

「その水を見せていただけますか。『虹のかかる泉』は普通の水ではないと聞きます。ぜひ、見てみたいものですな」

「それが、使ってしまってもう無くて」

「馬鹿!」

 トムに肘で突かれて、ニールはびくりとする。

「え? 何?」

「何じゃない! お前、水を使ってしまったことをばらしてどうすんだ!」

「あ。しまった……。た、隊長……すみません……」

 泣きそうな顔のニールにセドリックが低い声で言った。

「構うものか。水があったところで、あの男はあれこれ難癖付けて、どうせ俺たちを国に入れるつもりはないだろうよ。そうだろう? 男爵殿」

「そんなことはありませんよ。しかし、国王直々のご命令である水の採取に失敗したとあっては……あなたたちも国王さまに合せる顔がないでしょう?」

「じゃあ、どうしろっていうのよ!」

 アンが怒鳴ると、コリックス男爵は目を細めてにやりと笑った。

「簡単なことです。『虹のかかる泉』の水をここに持って来てくれればよいのです」

「……なによ、それ。私たちにもう一度、黒の樹海に行けって言ってんの? あの森から今、私たちは命がけで出てきたところよ。しかも副長の具合が……」

「任務は任務です。あなた方の都合や感情は問題にしていませんよ」

「こいつ……俺たちに死ねって言ってんのか!」

 全員が剣に手を掛ける勢いで怒りに燃えていると、不意に背後からケイトリンの澄んだ声が響いた。

「みなさん、道をあけてください」


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