第七話
森の出口付近で待機していたトムたちは、セドリックの背中で血まみれで意識を失っているユーリの姿に息を呑んだ。が、森を抜けることを最優先事項とし、事情は聞かず、合流するとすぐに森の出口へと馬を走らせた。
無事、森を抜けた一行は、山の麓で馬を止めると、ようやく休憩を取ることにした。そこで待機組は、セドリックの説明を受けてユーリの身に何が起こったかを知ることとなった。
「……では、副長は生きているんですね?」
クリスの問いにセドリックは頷いた。
「勿論だ。だが、俺の一存で『虹のかかる泉』の水を使ってしまった。みんなの苦労が無に……」
「そんなこと、どうでもいいですよ」
トムが安堵の息をつきながら言った。
「みんな、生きている。それがなによりも報われるというもんです」
「そういうことね」
アンも清々しい笑顔で、飲み水をみんなに回しながら言った。
「副長を病院に放り込んだら、後は自分の家の帰るだけよ。もうひと踏ん張り。頑張りましょう。ね、ケイティも」
「……え。ああ、はい」
ぼんやりと座り込んでいたケイトリンは、声を掛けられ、はっとして顔を上げた。気が付くと全員が心配そうに自分を見ている。慌ててぎこちない笑顔を作ると言った。
「え、ええ。そうね……。もう少しだものね。頑張りましょう……」
「大丈夫、ケイティ? 副長のこと、全部、自分の責任だって思っているんじゃないでしょうね?」
「……それは」
「副長は助かったんだよ、そんな悲しそうな顔はやめなよ」
「そうだよ、ケイティがそんなだと副長も困っちゃうよ」
アンに、トムとニールも同意して言葉を重ねてくる。
「みんな、無事なんだから、それでいいんだよ」
「……ええ、そうね。ごめんなさい」
そう言いつつ、ケイトリンはちらりとセドリックの様子を伺う。彼はあれからケイトリンを一度も見ようとしない。辛くて俯きかけた時、セドリックが立ち上がると言った。
「よし、そろそろ出発するぞ。みんな、疲れているだろうが、このまま、馬を走らせて山を越え、国に戻る。国境に着く頃には深夜になっているだろうが、ユーリの体力を考えるとのんびりはしていられない。いいな?」
「勿論です!」
「さあ、とっとと帰りましょう!」
全員が意気揚々と立ち上がり、出発の支度を始めた。ケイトリンもみんなに合わせて笑顔で腰を上げたが、気持ちは複雑だった。
彼女は思わず後ろを振り返った。
背後には既に遠くになった黒の樹海が見える。
山を越えればもう見えなくなるそれを、ケイトリンは名残惜しいような、奇妙な感情をもってみつめていた。
「行くぞ!」
セドリックの号令とともに、隊は一斉に動き出した。ケイトリンも急いでバタカップを走らせる。
これで冒険は終わった、と言えるのだろうか。
ユーリさまの体調。
灰色狼の青年の安否。
そして、セドリックさまのお立場。
目的の『虹のかかる泉』の水を持ち帰ることはできなかったのだ。人の命にかかわる事情があったとはいえ、それを国王さま……いいえ、王妃さまはお許しになってくださるのか……。
ケイトリンの胸騒ぎはおさまることはなかった。




