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第二話

 セドリックは充分な間合いを取り、灰色の髪の青年と対峙すると切り込むように言った。

「戻れ、とはどういうことだ?」

 青年はしばらくセドリックを睨むように見ていたが、彼の後ろにいるケイトリンと目が合うと困ったように視線をそらし、呟くように言った。

「……進めば、お前たちは死ぬからだ」

「え? 死ぬ?」

 驚いてケイトリンは声を上げたが、セドリックは冷静に言葉を返した。

「何故、死ぬのだ?」

「俺の仲間がお前たちが来るのをこの先で待っているからだ」

「仲間」

 その単語を繰り返してから、セドリックは言った。

「つまり、森狼の群れがこの道の向こうに待ち構えている、ということか」

 青年は黙って頷いた。

「あ、あの、セドリックさま、この方は一体……?」

 ケイトリンはセドリックと青年の顔を見比べた。青年は今、仲間が森狼だと言った。しかし、彼はどう見ても人にしか見えない。

「狼が仲間とは……」

「あの男の灰色の髪と琥珀の目の色。見覚えがないか?」

 セドリックに言われて、ケイトリンは改めて青年をみつめた。

 あの髪は確かに狼の毛皮と同じ色。そして底光りする琥珀の瞳は……あの時の獣の目!

「そんな……!」

「……そうだ。お前とは……昨夜、既に会っている」

 驚いて目を見開くケイトリンに、青年は静かに言った。

「その時は、この男の姿を借りたが」

 と、目の前にいるセドリックを見た。

 ケイトリンは両手で口元を覆い、悲鳴を上げそうになるのを寸前でこらえた。

 彼女の脳裏には昨夜の恐ろしい出来事がまざまざとよみがえっていたのだ。暗がりの中に押し倒されて、力任せに体を奪われそうになったあの恐怖……。

 不意にめまいがして、その場に崩れそうになったが、彼女は必死に足に力を入れて踏ん張った。

 倒れては駄目。これ以上、部隊のみなさんに……セドリックさまに、迷惑はかけられない……!

 震える彼女の体を、不意にセドリックの腕が支えた。腰に手を回すと自分の方に引き寄せ、囁くように言う。

「大丈夫だ。お前のことは俺が守る。命に代えても」

 ケイトリンは、はっとして顔を上げた。相変わらず、セドリックは無表情で、視線は青年に向けられている。自分を見てくれない冷たさはいつものままだが、しかし心の中に温かいものが静かに広がっていった。

 ケイトリンはそっと、甘えるように彼の肩先に自分の頭をもたせかける。

 この方と一緒なら、きっと大丈夫。どんなことがこの先待ち受けていても少しも怖くなどない。

 体の震えは止まり、恐怖心はみるみる萎んでいった。

 ケイトリンは、意を決して顔を上げると真っ直ぐに青年を見て言った。

「……あなたは、あの時、私を襲った狼なのね?」

 青年は黙っていたが、上目遣いにケイトリンを見ると、不意に頭を下げた。

「すまなかった。もうあんなことはしない……」

 え?

 謝られるとは思っていなかったケイトリンは、呆気にとられて彼をみつめた。

「あなたは何故、あんなことを……私に妻になれなんて言ったの?」

「力が欲しかった」

「力?」

「この森の神のような強い力だ」

「森の神って……森の主のことかしら?」

「ああ。お前たち人間はあの方を神と認めたくなくて、ただ主と呼んでいるらしいな。お前たちにしてみれば、森の神もただの化け物というわけだ」

「神、なのか。この森の主は」

 セドリックの言葉に、青年は重々しく頷いた。

「この地を統べる神だ。地は水を生み、緑を育む。そしてそれは我々生き物の命を繋いでいくのだ。地はすべての命の源。それを統べているのが森の神だ」

「眠っていると聞くが」

「そうだ。だが、お前たちがこの森に入り込んだことで神の眠りは妨げられた」

「神は目覚めたか……では、急がねばならないな。おい、狼。『虹のかかる泉』はこの道の先にあるのか?」

「ああ。距離的にはこの道を行くのが一番の近道だろう。俺もお前に矢で射られた傷をその泉で癒してきたところだ。だが、お前たちが泉に無事にたどり着ける可能性はほとんどない。敵は俺たち森狼だけではないからだ。お前たちの存在は既に知られている。久しぶりに人の肉が喰らえると歓喜した鬼や妖魔どもがお前たちを森の暗がりから狙っているぞ」

 口の端を持ち上げて、青年は笑った。

「いいか、森の神はお前たちの存在も、この森に入った目的もすべてお見通しだ。あの方に知らないことなどなにもないのだからな。泉のことなど諦めて早くこの森を立ち去る方が利口だ」

「知らないことなどなにもない……?」

 言葉を繰り返し、考え込む様子のセドリックを青年は興味深そうに眺めた。

「どうかしたか?」

「いや。……お前は目覚めた森の神に会ったのか?」

 その質問に、青年は少し困ったように視線をさまよわせた。


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