第四話
「私は……」
「俺は黒の樹海に行くと志願したそうだぞ。覚えがないんだがな。この国のどこかにもうひとり俺がいるようだ。お前、どう思う?」
ぐっと黙り込むユーリの様子をしばらく眺めてから、小さく息を吐くとセドリックは穏やかに言った。
「隊のみんなはさぞかし動揺していることだろう。俺にしても紙切れ一枚が届けられて、今回の任務を知ったんだからな。招集はかけてみたものの、さて、俺は隊のみんなに何と説明すればいい?」
「……殿下、この任務からは誰ひとりとして逃げ出すことは出来ません」
「だろうな。それで」
胸の前で腕を組むとセドリックは改めて言った。
「お前、何の弱みを握られているんだ、あの女に」
「え?」
「そんな苦しそうな顔をして俺の前に立つな。今回は特にひどい」
「殿下……」
「もうそろそろ吐いてしまえ。このスパイめ」
笑いかけられて、ユーリは思わず目を逸らした。
この方はまだ知らないのだ、従軍看護師の件を。だから裏切り者の私のことなどを気遣ってくれる……。
「ユーリ?」
「……私は軍人の家系に生まれました。父も祖父も、叔父も軍人です。従弟たちの多くも軍に関する何らかの仕事、あるいは学校に在籍しています。私には弟がひとりおりますが彼も軍属です」
「そうか」
「王妃さまのご命令は、すなわち国王さまのご命令。もしそのご命令に私が背き、ご不興をかえば、私ひとりが処罰を受けてそれで終わり、では済みません。軍に籍を置くすべての身内が失脚することになります。……下手をすれば、ケントリッジ一族は崩壊します」
「なるほど。よく判った」
すっと席を立つと、セドリックはユーリの横を通り過ぎ、扉の前へと歩み寄った。
「行くぞ」
「え。どちらへ?」
「何を寝ぼけている。隊のみんなのところに決まっているだろう」
「殿下、お待ちください。今回の任務では」
「やってやろうじゃないか」
肩越しに振り返ると、セドリックは不敵に笑った。
「その泉の水をたっぷりと汲んで持ち帰り、あの男の頭からぶっかけてやろう。お前も手伝え」
ユーリが言葉を返す前に、セドリックは扉を開くと部屋から出て行った。慌ててその後を追いながら、ユーリは困惑していた。どこでどのように従軍看護師の話しを切り出せばいいか、見当がつかなかったのだ。
第一部隊がいつも戦略を練る時に使っているのは、西側に位置した小会議室だ。他の隊が使用している会議室はもっと大きく快適な部屋だったが、その待遇の差に第一部隊の面々から特に不平は出なかった。
他の第二、第三部隊は三十人から編成されている部隊だが、八人しかいない第一部隊には、西日しか差さないような暗く狭い小会議室をあてがわれても、お似合いだと笑い飛ばして気にする者など誰もいなかったのだ。
その会議室に今、第一部隊の隊員たちがいつものように集まっていたが、いつもと違うのは陽気な彼らが今日ばかりは陰鬱な顔を突き合わせていたことだ。
「おい、ニール。隊長は本当にすぐ来るんだろうな?」
苛立ちを隠さず、フラン・エランが高圧的に言った。
「遅すぎるだろ。招集をかけておいて何だよ」
「そのうち副長が連れてきてくれるから、もう少し待ってよ」
「まったく、何がどうなっているんだかな」
「本当だよ。休暇が無くなっただけでもうんざりなのに、よりによって新しい任務が黒の樹海へ行けなんてな。あーあ、マドレーヌちゃんとの甘いひと時が……」
「はあ? マドレーヌだって? お前、エレーヌって女と付き合ってなかったか?」
「うん?」
クリスが首をひねって宙を見る。
「あれ、どっちだっけ?」
「……お前、最低な男だな。数人の女と同時に付き合ったりするから混乱するんだよ。そのうち、後ろから刺されるぞ」
「大丈夫だよ」
クリスはそのハンサムな顔に得意そうな笑を浮かべると言った。
「俺と姫たちとの間には愛があるからね、そんなことにはならないよ」
「言ってろよ」
肩をすくめてそっぽを向くと、今度は長机の上に嬉しそうにたくさんの武器を並べているアンの姿が目に入った。
「おーい、アン、お前は何をしているんだ?」
「何って、見ての通り、黒の樹海に持っていく武器を選んでいるんだよ。さて、どの子がいいかなあ。この斧なんか役に立ちそうだよねえ」
彼女はそう言うと斧を持ち上げた。そのぎらぎらと光る、いかにも切れ味良さそうな銀の刃を見上げて嬉しそうに笑っている。
「アン、よしな。お前の姿が罪人の首を切り落とす死刑執行人に見えてくる」
うんざりとトムが呟いた時、会議室にセドリックとユーリが入ってきた。だらけていた室内の空気が一瞬で引き締まる。一列に並ぶと背筋を伸ばし、直立不動の体勢で全員がふたりを迎えた。
「隊長……」
「判っている」
物言いたげなトムに向かって軽く手を振ると、セドリックはみんなの顔を見渡して言った。
「今回の任務の件、動揺していることと思う。また、国王の気まぐれだ。……すまないな」




