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第二話

 伸び放題の背の高い雑草を手で払いながら、白い石で造られた遊歩道を歩いて行くと、やがて前方に天使をかたどった小さな噴水が見えてくる。今は水の出ていないその噴水を囲むように白いベンチがいくつか置かれており、そのひとつにつばの広い帽子をかぶり、袖がふっくらとしたブラウスにピンクベージュのロングスカートをはいた若い女性が俯き加減に座っているのが見えた。

「スージー!」

 思わず、大きな声で名前を呼ぶと、ベンチに座っていた女性も弾かれるように立ち上がった。

「ケイティ!」

 涙声でスージーは叫び返すと、全速力でケイトリンに駆け寄ってきた。目が赤く腫れている。ケイトリンを思って一晩中泣いていたのだろう。

「まあ、なんてひどい。そのドレス!」

 ケイトリンが何か言う前に、彼女の姿を見て悲鳴のような声をスージーが上げた。

「セドリック殿下が乱暴したのね? ああ、なんてこと!」

「あ、ちょっと待って、スージー」

「ごめんなさい! 私があなたをパーティに呼んで欲しいと、お父さまに頼んだせいだわ! あなたとセドリック殿下が結ばれれば、みんなが幸せになると勝手に思い込んで……ああ、私ってなんて愚かなの! セドリック殿下があんなひどいお方だとは。まさか嫌がる女性を無理矢理……」

「スージー、黙って。王家の悪口に聞こえるわ」

 あっと小さく声を上げて、スージーは口を両手で押さえた。それから、注意深く周囲を見回す。

「ローサから聞いたかしら? ここにアリアナがいるのよ。あの人、どこに行ったのかしら。さっきまで噴水のところにいたのだけど」

「ええ、彼女がいるのは知っているわ」

 ケイトリンは少し、声を落とす。

「サタナイル家は王妃さまのご実家。言葉には気を付けて」

「判ったわ」

 こくりと頷いてから、スージーはケイトリンの顔を見て、少し言いにくそうに言葉を継いだ。

「あの……それで、昨夜のこと……あなた、大丈夫なの?……」

「ええ」

 にこりと笑ってケイトリンは言った。

「何もひどいことはされていないわ。このドレスは……確かにセドリックさまに破られたのだけど、そういうことじゃないの。私ね、セドリックさまに連れられて夜の冒険をしたのよ」

「まあ、夜の冒険? 何なの?」

「座りましょう」

 ケイトリンは親友の手を取るとベンチに連れて行き、ふたりしてそこに腰かけた。

「ねえ、お話しして」

 催促するスージーに、ケイトリンは昨夜のことを出来るだけ詳しく話して聞かせた。その話が終わる頃には、泣き顔だったスージーの顔は明るい笑顔に変わっていた。

「ケイティったらお酒をそんなに飲んだの? 夜に街に出るだけでもすごいことなのに、お酒なんてね。……ねえ、セドリックさまってどんな方だった? あなたのお話しを聞いていると乱暴なだけじゃないみたい」

「ええ、そうよ。あの方は……忘れていらっしゃるだけなのよ」

「何を?」

「愛されていたことを。だから、誰も愛せないと思い込んでいらっしゃるの」

「それは……」

「あーら、帰ったのね、ケイトリン・ウィルローズ! 朝帰りなんてはしたないわね!」

 甲高い声が辺りに響いた。ぎくりとしてふたりが顔を上げると明るいオレンジ色が視界一杯に飛び込んできた。

「えっと、アリアナ、さん?」

 ケイトリンが恐る恐る声を掛けると、彼女たちの真正面で腰に手を当て仁王立ちになっているアリアナ・サタナイルはふんと鼻を鳴らした。

「そうよ、私をお忘れ?」

 ケイトリンは、スージーとちらと目を合わせてから、改めてアリアナを見た。彼女は鮮やかなオレンジ色のワンピースに緑色のスカーフを肩に掛け、艶のある真っ赤な靴を履いていた。唇にはピンクの口紅、目にはブルーのアイシャドウ。頬には、赤い頬紅がくっきり丸く描かれている。

 確かに、鮮やかだわ……。


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