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第一話

 やっぱり、王家の馬車は違うわ。揺れ方がなんて穏やかなのかしら……。

 ケイトリンは、昨夜、街に行くために乗った古ぼけた馬車との乗り心地の違いに心から感心していた。

 シートも柔らかで、窓ガラスにはくもりひとつないわ。こんな素敵な馬車に乗ったのはいつ振りかしら……。

 素直に乗り心地を楽しんでいると、窓の向こうにウィルローズ家の石門が見えてきた。今も昔と変わらないのはこの堂々とした立派な門だけだと、ケイトリンはいつも自虐的に思ってしまう。

 その門から一歩、敷地内に足を踏み入れれば、もう手を入れてくれる者がいなくなった荒れ放題の庭園が広がっている。玄関回りだけでもと、たまにケイトリンが草抜きをするのだが、その程度ではとても雑草の育つ早さには追いつけず、結局、ウィルローズ家の庭は雑草で覆われた無残な姿を晒しているのだった。

「ここでいいわ。どうもありがとう」

 御者に声を掛けると、馬車は静かに停止した。降りてきた御者が扉を開けて、ケイトリンが外に出ると、門の端に臙脂えんじ色のメイド服を着た年配の女性が直立不動で立っているのが見えた。

「あら、ローサ?」

 ケイトリンが駆け寄って声を掛けると、彼女は穏やかに微笑んで、丁寧に一礼した。ローサはガーランド家のスージー付きのメイドで、スージーの幼少時から仕えている誠実な女性だった。

「おはようございます、ケイトリンお嬢さま」

「どうしてここに? スージーにお使いを頼まれたの?」

「いいえ、そうではありません」

「では何?」

「それが、スザンナお嬢さまが今、こちらに来られて庭園のベンチでケイトリンお嬢さまをお待ちなのです」

「まあ、スージーが? では急いで行かないと」

「あ、お待ちください」

 慌ててローサがケイトリンを引き留めた。

「あの、お待ちなのはスザンナお嬢さまだけではないのです」

 と、ちらりと向こう側の門の端に目線をやる。そこには、濃紺のメイド服を着た若い女性が一人立っていた。こちらの会話を気にしているようだが、正面を見たまま、知らない顔をしている。

「……どちらのメイドさんかしら?」

「それが……サタナイル家のアリアナさまのお付きのメイドのようです」

「サタナイル家の……アリアナさん? まさか、アリアナさんも庭園でお待ちなの?」

「はい……」

 ケイトリンはついさっき、ショーンと話していたことを思い出していた。彼はアリアナのことを毒々しいとか、温室の朽ちかけた赤いバラと形容していた。そこから想像できる人物像は、ケイトリンが仲良くしたいと思うものではなかった。

「あ、あの、ローサはアリアナさんと会ったのよね?」

「あ、はい。ちらりと。はい」

「どのような感じの方だった? 女学校でご一緒だったのだけど、ほとんど覚えていないのよ」

「ああ、あの……ええっと」

 ローサは、向こう側にいるサタナイル家のメイドを気にしつつ、小声で言った。

「何と言いますか、その……鮮やかなお嬢さまでございます」

 その声が聞こえたのか、サタナイル家のメイドが小さく吹き出して笑い出した。が、ケイトリンの驚いた顔に気が付くと、慌てて笑みを引込め、また無表情に戻る。

「鮮やかって……」

「お会いになればお判りになると思います、ケイトリンお嬢さま」

 もうこれ以上、聞いてくれるな、そんな顔でローサは上目遣いにケイトリンを見て、別のことを話し始めた。

「スザンナお嬢さまの来訪は、お屋敷にはお声掛け致しておりません。スザンナお嬢さまがウィルローズの奥さまにご心配をおかけしたくないとのことでしたので、それで庭園で待たせていただいております。アリアナさまも同じ理由で庭園におられます」

「ああ、そう。そうね、まだ時間も早いし……」

「ですが、先ほど、学校に行かれるアレンさまにはお会いしました」

「え。あら、もうそんな時間なの? どうしましょう。朝食まだじゃないのかしら」

「ああ、それはご自分で支度されたようですよ。奥さまのお薬もご用意したと仰っておられました。本当にしっかりされた弟さまで」

「ああ、そう」

 安堵する一方で、ケイトリンは暗い気持ちになる。

 アレンは上流階級の子息たちが通う私学の学校ではなく、庶民の子供たちが通う市井にある初等学校に籍を置いている。それはアレンの希望に沿ったものだったが、しかし、高額な学費が払えないであろう家の事情を察しての選択であることは、口に出しはしないものの、母親もケイトリンにも判っていた。

 友達も多く、成績も優秀、先生にも、母親にも、勿論ケイトリンにも反抗することなど一度もなく、わがままひとつ言わない。アレンは非の打ちどころのない子供だった。

 それ故、時々、ケイトリンは悲しくなる。

 まだ幼い弟は、周りの大人たちにもっと甘えていてもいい年頃だ。なのに、アレンは大人顔負けにしっかりしている。それは言い換えれば、頼れる大人がいないから、自分がしっかりしなくては生きていけないということだ。

 ごめんね、アレン。

 私がこんなだから……。

「ケイトリンお嬢さま?」

 ローサが心配そうに顔を覗き込んできた。慌てて、顔を上げると、ケイトリンは笑顔を作る。

「何でもないわ。それじゃあ、スージーのところに行くわね」

「はい。あの、実は、スザンナお嬢さまはこっそりとお屋敷を抜け出してここに来ているのです。旦那さまも奥さまも今、あなたさまと関わることを良しとしておりません。その……ご賢察ください」

「……ああ、そうね」

 仕方ないとケイトリンは頷く。ガーランド家は落ちぶれたウィルローズ家に今も変わらず友好的にお付き合いを続けてくれている。だが、昨夜のパーティでの騒動はそれとは別の話しだ。

 スージーの父親マクミラー伯爵は、国王が信頼する側近の一人でもある。王家の近くにいる彼は、セドリックと国王、あるいは王妃との確執を肌で感じていることだろう。昨夜のセドリックのケイトリンへの乱暴な求婚も、国王や王妃の思惑を壊すためのセドリックの策であることは明らかだ。そんな王家の揉め事に、大事な娘が巻き込まれることを避けたいと願う切実な親心はケイトリンにも理解できた。

「判ったわ。なるべく早くスージーをお屋敷にお返しできるようにするわね」

「ありがとうございます」

 深く頭を下げるローサにひとつ頷くと、ケイトリンは門をくぐって庭園へと急いだ。


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