第六話
固辞しまくるケイトリンを、用意した王家の馬車に押し込んで、ウィルローズの屋敷へと送り出した後、ジェイドは浮かない顔で四阿への短い道のりを歩いていた。
不吉なものを感じる……。
ジェイドはその蒼い氷の瞳を深く曇らせた。
何をどのように考えても、あの無垢なウィルローズ嬢が困難な立場に追いやられてしまうのだ。
昨夜のセドリック殿下の凱旋祝いを兼ねたお妃選びパーティは言ってしまえば茶番劇だ。
帰ってこられないだろうという算段で、セドリック殿下を賊征伐という大義名分のもとに国外に追い払ってはみたものの、彼は武功を上げて帰ってきてしまった。なら仕方ない、グレイシア王妃は姪であるアリアナ嬢を殿下の妻にして、彼を縛り、あわよくば操ってしまおうと考えたのだろう。だがしかし、その企みはウィルローズ嬢の登場で消えてしまった。
となれば、邪魔者のウィルローズ嬢を彼らはどのように扱うだろうか。
「……ジェイド、ジェイドったら!」
明るいショーンの声に、ジェイドは我に返って顔を上げた。考えながら歩いていたせいで、とうに四阿に着いていたことに気が付かなかったのだ。
「どうしたの? 通り過ぎるところだったよ。ぼんやりして、ジェイドらしくないなあ」
「はい、申し訳ございません」
軽く頭を下げて、ジェイドはショーンの背中について四阿の中に入った。
「ケイティお姉さまはちゃんと馬車に乗ってくれた? 遠慮しなくてもいいのにね。セドリックお兄さまとご結婚されれば、ケイティお姉さまも王族の一員なんだから」
「そう、ですね……」
「あれ、何、今の? そう上手く行きますか的な感じの言い方」
ショーンが茶化してそう言うと、困ったようにジェイドは微笑んだ。
「ウィルローズ嬢も仰っておられました。アリアナ嬢と争うつもりはないと。あまり思い込まれると、それが現実にならなかった時の落胆は大きいものです。お気を付け下さい、ショーンさま」
「まあ、そうだね。それは判るけど、でも、ちょっとぐらい楽しい夢を見ていてもいいじゃん」
「……お言葉使いもお気を付け下さい、ショーンさま。どうもお付き合いされている学校のお友達が悪いようですね」
「それって、お母さまにチクるわけ?」
「ショーンさま……!」
ふんと鼻を鳴らすと、ショーンは机に戻った。
「そろそろ学校に行く支度をするよ。もうじき、朝食の時間だと誰かが呼びに来るだろうから」
「はい。そうですね……」
鞄に教科書を無造作に入れていくショーンの様子をみつめながら、ジェイドは悲しい気分になった。
ショーンはあのグレイシア王妃から生まれたとは思えないほどピュアな少年だった。容姿も王妃ではなく父である国王似で、よく動く大きな緑の瞳が印象的だ。
ショーンが植物という世界にのめり込んで行ったのはいつの頃からだっただろう。
グレイシア王妃はセドリックをどうにかして蹴落とし、自分の息子であるショーンを次期国王に据えることに必死で、肝心な息子の気持ちには無頓着だ。そして、そんな王妃の振る舞いに国王は何も言わない……。
権力しか頭にない大人たちに囲まれて育ったショーンは孤独な籠の中の小鳥だった。その小鳥が果てしなく広がる草原の緑に憧れを抱いたとしてもなんら不思議はないだろう。
もし……もし、とジェイドは切実に思う。
もし、自分にほんの少しの力があれば、この忌まわしい鳥籠を壊して囚われの小鳥を救い出し、青い空と瑞々しい緑があふれる外の世界に逃がしてあげられるのに、と。
「ねえ、ジェイド」
不意に呼び掛けられ、ジェイドは、はっと我に返って顔を上げた。
「あ、はい。何でしょうか」
「いつかさ、ふたりで行こうよ」
「はい?」
「この国を出て、まだ誰も見たことのない植物を探しにさ。で、僕はその植物を研究して論文を書く。本も出すよ。そしていつか、植物学者になるんだ」
ああ、この国を出て……。
「そうですね」
柔らかくジェイドは微笑むと頷いた。
「どこまでもお供いたします。私はあなたの警備兼教育兼子守りですから」
「……子守りっていうのは余計だよ、ジェイド」
ぷっと頬を膨らますショーンにジェイドはただ微笑みかけていた。




