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第五話

 傍らに立つジェイドをちらりと見上げてから、ショーンはケイトリンに視線を戻して言葉を続けた。

「お姉さま、僕があなたをここに招いた理由は単純なことです。セドリックお兄さまが熱烈に求婚した、僕の未来のお姉さまがどんな方か、お会いしたかったからです」

「あ、あの、ショーンさま。そこから間違いがあるのですが」

「間違い?」

「確かに、セドリックさまに求婚されました。でもあれは、セドリックさまの悪ふざけです。決して本気ではありません。そこを判っていただかないと」

「構いませんよ」

 こともなげにショーンは言った。

「悪ふざけでも嘘でも何でも構いません。僕は一目見てあなたが気に入りました。あのけばけばしいアリアナに比べたら、温室の朽ちかけた赤いバラと野に咲く清楚な白百合です」

「え? ええ?」

「白百合があなたさまのことですよ、お嬢さま」

 ジェイドがケイトリンのティーカップに熱いお茶を注ぎながら言った。

「判りにくい例えで申し訳ありません」

「……ジェイド」

「ショーンさま、お話しを続けてください。お嬢さまも用事がおありでしょうから、あまり時間をかけるのは望ましくありません」

「あ、そうだね。うん。あのね、お姉さま」

「ケイトリンです」

 急いでケイトリンは言った。

「私はケイトリン・スザンナ・ウィルローズ。ケイティとお呼び下さい」

「うん、判った。ケイティお姉さま」

「いえ、ですから」

「堂々巡りになるだけです。諦めてください、お嬢さま」

「はあ……」

「ケイティお姉さまは、アリアナをご存知でしょうか?」

「アリアナさん? どちらの方かしら?」

「アリアナ・サタナイルさま。コリックス男爵のご令嬢です」

 覚めた声でジェイドが言った。そこでケイトリンも思い当たる。

「ああ、アリアナ・サタナイルさん。女学校で同じ学年でした。……でも、お話しはしたことがありませんので、どのような方かは存知あげないのですけど」

「それは幸運です。あの人は、何というか、毒々しい。ああ、言葉にもしたくないや」

 何か嫌な記憶でもあるのか、ショーンはむつりと不機嫌そうに口を閉じてしまった。

「あの、どうかされました?」

「私からお話し致しましょう」

 ジェイドが静かに言った。

「コリックス男爵のことはご存知でしょうか?」

「あ、はい。……グレイシア王妃の弟君ということだけは」

 ジェイドは頷き、言葉を続ける。

「サタナイル家はグレイシア王妃のご実家になります。……ここには私たち三人しかおりませんので、回りくどい言い方はやめましょう。サタナイル家はいわゆる豪商。薬の製造と販売で財を築いた家系です。そして、王家はそのサタナイル家に多額の借金をしています」

 ケイトリンは控え目に頷いた。

 王家がサタナイル家にしているという借金の話しは有名だ。そして、それを楯にしてグレイシアは側妃として城に潜り込み、ついには王妃となって成り上がったのだという噂も消えることなくこの国に漂っている。

「グレイシアさまが王妃となった現在は、弟君がサタナイル家を継ぎ、当主になっておられます。そして、その弟君にコリックス男爵という爵位を与えられたのは、グレイシア王妃の強い希望だったといわれております」

「ああ、確かその時、何の功績もないサタナイル家に何故、爵位を授けるのかと異議が上がって、お城の中で揉めたということは私も耳にしました……」

 ケイトリンが呟くと、ショーンが大きく頷いて言った。

「だいたい王家への借金だって、それを楯に取って言うことを聞かせている割に、帳消しにはしないんだよね。返せと催促はしないけど、返さなくてもいいとも言わない。あえてうやむやにして、何かあったらいつでもその威力を発動できるようにしている。我が実家ながら、やり方がいやらしいよね」

「ショーンさま、お言葉使いに気を付けてください」

「だってさ。……だから嫌なんだよ、人間って。植物の方がよほど素晴らしい」

「そんなことを仰って、植物に逃げないでください。あなたはこの国の第二王子なのですよ」

「知ってるよ。だからお母さまは第一王子のセドリックお兄さまに、自分の姪であるアリアナを押し付けようとしているんだろ。そうすれば、自分の地位は安泰だものね」

「はい? アリアナさんが何ですか?」

 ケイトリンが聞き返すと、ショーンは少し身を乗り出すようにして言った。

「ケイティお姉さま、どうか負けないで。昨夜のお妃選びのパーティなんていうのは表向きで、本当はもうお兄さまの花嫁は決められていたんです。あの場でアリアナをお兄さまの花嫁として紹介してしまえば、さすがのお兄さまも抗えないだろうと考えて」

「待ってください。そのことはセドリックさまもご存知だったのでしょうか?」

「それは……判らないけど、でも察していたかも。お兄さまは頭の良い方ですから」

「だから、あえて私にあんな強引な求婚を……」

 結婚は古今東西、立身出世の道具と決まっていると、冷たく言切ったセドリックの横顔を、ケイトリンはまざまざと思い出していた。

 つまり、誰でも良かったんだわ。

 たまたまあの時、私がお酒をこぼして軍服を汚してしまったから、そして崩壊寸前のウィルローズ家の娘だと判ったから、わざとあてつけるように、派手で乱暴な求婚をしたのね……。

 期待していたわけではないが、はっきりと状況が判ると、さすがに淋しくなってケイトリンは肩を落とした。

 ショーンはケイトリンのそんな気持ちを知らずに無邪気に話しを続ける。

「お母さまは当然、昨夜、お兄さまがケイティお姉さまに求婚したことを知っています。それを揉み消そうと躍起です。あなたやあなたのご家族にも圧力をかけてくるかもしれません。それに負けないでください」

「お待ちください」

 まくし立てるように言うショーンに、ケイトリンは柔らかく制止をかけた。

「私はアリアナさんと争うつもりはありませんよ」

「え? どうしてです?」

「それはセドリックさまがどうなさるかお決めになることですから。私には……関係のないことです」

「そんなあ!」

「ショーンさま、それ以上はわがままですよ」

 ジェイドにたしなめられて、ショーンは不服そうに口を閉じた。


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