第四話
ジェイドに誘われ、ケイトリンが向かったのは城内にあるショーンの部屋ではなく、庭園の中にある四阿だった。
小さなその四阿は、質素を絵に描いたような建物で、およそ王子さまと似つかわしくなかった。ケイトリンは驚いて、傍らにいるジェイドに思わず問いかけていた。
「あの、本当にここにショーンさまがおられるのですか? どうしてここなのでしょう?」
「驚かれるのも無理はありません。ショーンさまにはある趣味がおありで、そのためにここを使用されておられるのです」
「趣味? 何なのですか?」
「それはご覧になってからのお楽しみということで」
にやりと意味深長に笑うと、彼は扉をノックした。
「ショーンさま、ジェイドです。ウィルローズ嬢をお連れいたしました」
「あー、うん。ちょっと待って」
中から明るい少年の声がした。すぐに扉を開錠する音がして一人の少年が顔を覗かせた。
あら、やっぱりあの写真の少年だわ。
セドリックさまと同じ黒に近い濃い茶色の髪に、宝石のような緑の瞳。
少し髪を短くしたのかしら。
写真と違うのは髪型だけで、後はそのままの明るい笑顔でケイトリンを迎えてくれた。
「お待ちしておりました。お姉さま」
「お、お姉さま?」
驚くケイトリンをまじまじとみつめて、少年は不思議そうに首を傾げる。
「そのお姿はどうされたのですか? まさかセドリックお兄さまがそのような乱暴を?」
「え? あ、はい……」
そう言われて、改めてケイトリンは自分の破れてぼろぼろのドレス姿を恥じ入った。
「このような格好でショーンさまにお会いする無礼をお許しください……」
深く頭を下げるケイトリンに慌ててショーンは言った。
「とんでもない! 僕の方から突然お呼びだてしたのですから、謝る必要はありませんよ、お姉さま」
「あ、あの……そのお姉さま、というのは」
「え? だって、あなたはセドリックお兄さまの花嫁さまでしょう? だったら僕の大切なお姉さまです」
「いえ、いえ、それは……!」
「だって、そのお姿は……つまり、もう既成事実がおありになるということでしょう?」
「ききき既成事実!」
一瞬、失神しそうになった。
ケイトリンは激しく首を横に振る。
「ち、違います! これはそういうことではなく……!」
「僕は昨夜のパーティに出席することを許されなかったので、話しを聞いただけですが、お兄さまももう少し、優しく女性をベッドにエスコートしなくてはいけませんよね」
ショーンは腕を組むと、うんうんとひとり頷いている。ケイトリンは何をどう説明すれば、このおませな小さな王子さまの勘違いを正せるのか判らなくて、若干パニックに陥っていた。
「シ、ショーンさま、ち、違うのです。わ、私は……」
「まあまあ、一度、落ち着きましょう」
ジェイドがおろおろするケイトリンを慰めるように優しく言った。
「ここで立ち話しをする内容のお話しではないでしょう、ショーンさま?」
その言葉に、少年は素直に頷いて扉を大きく開けた。
「失礼しました。どうぞ中に入ってください。お茶の用意も出来たところです、お姉さま」
「は、はい……」
お姉さまと呼ぶことは止めてくださらないのね。
困惑を通り過ぎると、なにやら笑いがこみあげてきた。好意的な笑みを唇に乗せて、ケイトリンは四阿の中に足を踏み入れた。
一歩、中に入った途端、ケイトリンは自分が今、どこにいるのか判らなくなった。
私、四阿の中に入ったのよね……?
周囲を見渡して、感嘆の溜息をつく。
四阿の中はまるで森だったのだ。明り取りの窓を残して、壁には大きな葉を付けた植物が所狭しと伝い、床や棚に置かれた鉢には色とりどりの花が咲いている。
「こんなお花、見たことないわ……」
ケイトリンは、大輪の赤い花に思わず顔を寄せた。
「とても鮮やかな赤色。なんて美しいの」
「ええ、それはもっと南で咲いている花です。この辺では見ない種類ですよ」
ショーンは、大きな書き物机の上から、分厚い植物図鑑を持ってくると嬉しそうに言った。
「ここに載っています。それはグラシアという名の花で……」
「ショーンさま」
図鑑のページをめくりながら解説を始めようとするショーンにジェイドは静かに制止をかけた。
「植物のお話しをするためにウィルローズ嬢をここに呼ばれたのではありませんでしょう?」
「……判ったよ」
ぷっと頬を膨らませて、ショーンは図鑑をぱたりと閉じると机に戻って行った。
「失礼いたしました。こちらにどうぞ、お嬢さま」
ジェイドが優雅に指し示したテーブルには、既にお茶と焼き菓子の用意がされ、二脚ある椅子には柔らかそうなクッションが敷かれていた。
「我が主は、植物オタクでして」
ケイトリンに椅子を引きながら、小声でジェイドは言った。
「お城の自室に植物を持ち込むことを王妃さまに禁じられたため、ここを勉強部屋と称して、植物の研究のために使われているのです。……居心地悪くはありませんか? お嬢さま」
「それは大丈夫です」
椅子に腰を落とすと、ケイトリンは微笑んだ。
「緑とお花のいい香りがして落ち着きます。窓を塞いでいるわけではありませんから、明るいですし」
「そうですよね」
ショーンは、にこにこしながら戻ってくると、ジェイドのエスコートを待たずにケイトリンの隣に座った。
「植物っていいでしょう。心が落ち着きますよね」
「そうですね」
「なのに、お母さまは理解が無いんです。植物には虫がたかっていて気味が悪いとか言うんです。蜂とか蝶々とかもだめなんですよ。信じられません。彼らが植物の受粉を助けているというのに」
「ショーンさま」
「はいはい、判ったよ。植物の話しはこれでおしまい」




