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第一話

 目を覚ましたケイトリンは、見知らぬ天井をぼんやりとみつめていた。

 あら、ここはどこかしら。私の部屋じゃないわ……。

 少し頭が重たくてぼんやりとする。今朝は目覚めが悪いわと思いながら、ケイトリンはゆっくりとベッドから体を起こした。そして何気なく隣を見て、あっと声を上げそうになる。

 え? セドリックさま……?!

 自分のすぐ隣で眠っているのはこの国の第一王子、セドリックに間違いなかった。

 どうして……あ。そうだったわ。

 ようやくそこでケイトリンの脳裏に昨夜の記憶が蘇った。

 私はパーティでセドリックさまの軍服にお酒をひっかけてしまって、なのに何故か妻になれと迫られて、強引にこの寝室に連れてこられて……それから、夜の街に出て、隊のみなさまとお酒をいただいて……それから、それから。

 ああ、だめ。

 途中から記憶が途切れている。

 まさか、私、セドリックさまと……。

 ケイトリンは慌てて自分の体を確認してみる。ドレスは相変わらずぼろぼろだが、乱れてはいない。脱がされた形跡もなかった。眠っているセドリックを見てみると、胸元ははだけているものの、彼もちゃんと服を着ている。

 大丈夫みたい。

 ほっとしてベッドの上に座り直したケイトリンは、ふとあることに気が付いて、身を乗り出した。セドリックの露わになった胸元に、首筋から斜めに入った長い傷跡をみつけたのだ。

 この傷って……任務の時の怪我かしら。だけど、随分古い傷跡だわ。

 思わず、手を伸ばしてそっと指先で傷跡に触れてみた。つっと冷たい感触にはっとする。慌てて体ごと手を引いた。

 まあ、私ったら、なんて失礼なことを……はしたない!

 そう思った途端、自分自身の姿が気になりだした。部屋の奥にある扉がバスルームと察しを付けて、ケイトリンは音を立てないようにベッドから下りると早足で扉の向こうに駆け込んだ。

 洗面台の鏡を覗き込んで、彼女はたちまち絶望的な気分になる。

 ひどい。

 思わず自分の顔を両手で挟み込む。

 寝不足のせいで顔色は悪く、うっすらと目の下にクマまで出来ている。ただでさえくせ毛で始末の悪い茶色の髪は、頭の上で見事に爆発していた。

 それに加えてこのぼろぼろのドレス……ひどすぎて言葉が出ない。

 深い溜息をつきつつ、髪を水で濡らして何とか落ち着かせ、顔も洗ってすっきりさせる。顔を軽くマッサージすることで血行を促し、何とか少しはマシな顔になった。これ以上、良くなることはないと諦めて、ケイトリンがバスルームを出ようとした時、洗面台の棚の上に置かれている写真立てに気が付いた。

 ふたつあるうち、ひとつの写真には、白いふわふわの毛並の犬と明るく微笑む少年が映っていた。

 この男の子は……セドリックさまの弟君、ショーンさま?

 そして、もうひとつの写真は……。

 若き日の国王と、今は亡きエメリア妃……。

 城の庭園で撮られたものだろう、溢れる緑を背景にエメリア妃と国王が仲睦まじく寄り添い、微笑み合っている。その写真を見ているだけでふたりの愛情が伝わってくるようだ。

 口では冷たいことを仰っていても、写真を飾っているなんて、本当はご家族のことを愛していらっしゃるのね。

 少し明るい気分になって、ケイトリンはバスルームを出た。眠っているセドリックを起こさないよう、静かに帰ろうとドアノブに手を掛けた時、後ろから声がした。

「帰るのか、ドジ娘」

 ぎくりとして振り返ると、ベッドから半身を起こして気だるげにこちらを見ているセドリックと目が合う。

「あ、お、おはようございます。お目覚めでしたか……」

「ああ。……まだ早朝だな。ところでお前、大丈夫か?」

「え。そんなに私、ひどい顔していますか?」

「ふん、そういう受け答えが出来るということは、大丈夫なんだな。たいしたものだ」

「どういう意味でしょうか」

「お前、昨夜のこと覚えていないのか?」

「あの……途中から記憶がありません」

「さもありなん」

 セドリックはおかしそうに笑った。

「お前、酒の飲みくらべをして、あの酒豪のフランを負かしたんだぞ。あれだけ飲んでおきながら、二日酔いにもならないとは恐れ入ったよ」

「飲みくらべのことは覚えていますが、勝った、のですか? そのあたりの記憶はありません……。私、何か醜態をさらしたのでしょうか?」

「いや、なかなか勇敢だったぞ」

 そう言って笑うセドリックに嫌なものを感じて、ケイトリンは続けた。

「私、何かしたのですね?」

「説教だよ」

「説教……ですか?」

「フランとクリス、それからセルコを並んで座らせて、ニールやアンをからかったことを延々と説教していたよ。紳士としての振る舞いに欠けるとかなんとか」

「ああ、またやってしまいましたか。私、酔うと説教魔になってしまうのです。こうなることは判っていたのでなるべくお酒は飲まないようにしていたのですけど、昨夜は楽しくてつい」

「酒に強いんだな」

「ああ……。これは遺伝です」

「なるほど。例の父親のか」

「いえ、母親の」

「そうか、母親のか……って、何? 母親?」

 目を丸くするセドリックに、恥ずかしそうにケイトリンは頷いた。

「はい。実は母は見かけによらず、お酒が大好きで。飲んでも飲んでも酔わないって……。あ、今は飲みませんよ。若い頃のお話しで、昔は酒豪でならしたとか。その辺りの男性には負けなかったって……」

「そ、そうか」

 セドリックはまじまじとケイトリンをみつめた。


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