第五話
「……よろしいのですか?」
隣でユーリが困惑してセドリックに言った。それに彼は肩をすくめる。
「本人がやると言っているんだ。止める理由がない。それに、面白そうじゃないか」
「……面白がるだけで済むといいのですが」
「ほら、始まるようだ。見ものだぞ」
「嫌な予感がしますけど」
溜息交じりに呟いて、ユーリは行儀よく座っているケイトリンを見た。紅茶を飲むくらいにしか思っていないのではないか。
酒を注ぐ係りになったニールも、本当にいいのかと、セドリックとユーリに視線を送りながら、用意された小さなグラスふたつに半分ほど酒を注いでいる。それを待ちきれないようにフランがグラスに手を伸ばしながら言った。
「先行は俺でいいな」
「はい、どうぞ」
あくまで上品にケイトリンは言って微笑む。それにふんと鼻を鳴らすと、フランは注がれた酒を一息に飲み干した。ふうっと息をついて空になったグラスを叩き置く。
「ほら、あんたの番だよ、お嬢さま」
「はい」
素直に返事をすると、ケイトリンはグラスを持ち上げる。そして、その琥珀色の液体をまじまじとみつめた。
「ねえ、ケイティ。無理しなくていいよ。そのお酒、何度あると思っているの? あなたを巻き込むつもりはないんだから」
「ありがとう、アン。優しい人ね」
にこりと微笑みかけた後、ケイトリンはグラスを口に付けると、手首を返して一息でグラスの中身を空けた。
「ちょっと、ケイティ!」
アンが慌ててケイトリンの体を支えようと両手を出す。椅子ごと後ろに倒れ込むのではないかと思ったのだ。が、予想に反してケイトリンはけろりとして、グラスを静かにテーブルの上に戻した。
「……ケイティ? 大丈夫なの?」
「ええ」
何が? と言わんばかりの涼しい顔だ。全員が唖然としてケイトリンをみつめた。
「な、ユーリ。面白いだろ」
ひとりセドリックはからからと笑う。
「この娘の猫かぶりを剥がしてみたくてここに連れてきた。剥がしてみたら、どうだ、猫に代わって虎が出て来たぞ。どうなることかと思ったが、やはり面白い」
「殿下、悪ふざけもいい加減に」
「そんなことよりお前、馬車の中で話していたことはどうするんだ」
不意に矛先が自分に向いて、ユーリは驚く。
「え? はい? 何のことですか?」
「スージーとかいう娘の話だ」
「ああ、それはもういいのです」
悲しそうに笑ってユーリは言った。
「相手は伯爵令嬢。高嶺の花ですよ。私は平民の出ですから相手にされません」
「それでいいのか」
「はい。身分の差はどうすることも出来ませんから」
「お前は面白くないな」
ぼそりと呟くと、セドリックは飲みくらべを続けているふたりに視線を戻した。ユーリは何か言おうと言葉を探したが結局、みつからず黙り込むしかなかった。




