第四話
「殿下!」
アレクが小さくなりつつあるセドリックの背中に声を張った。
「既に部下の兵が国王を警護しております! 国王に近づくことはできませんぞ!」
不意にセドリックの足が止まった。
諦めてくれたのかとアレクは、ほっと息をつき、足を緩めたのだが、それもつかの間。再度、セドリックは走り出した。が、方向が違う。まっすぐ行けば王の執務室だが、彼は突然方向を変え、右に曲がったのだ。たちまちセドリックの姿はアレクたちの視界から消えてしまう。
「隊長、あの方向は……渡り廊下を通れば大広間に出ます。そのまま、城の外に出るおつもりでしょうか」
舞踏会などが行われる大広間は、城の庭園に面している。そこから外に出ることは容易だろう。しかし待ち構えている憲兵たちにすぐに取り押さえられてしまうことも目に見えていた。
アレクの表情がますます険しくなる。
まったく、あのやんちゃ王子は!
「セドリック殿下! いたずらもほどほどにしなさい!」
大音響で叫ぶと、若い兵たちを差し置いて、アレクは脱兎のごとく駆け出した。
「お仕置きだけではすみませんぞ!」
セドリックを追って、アレクも右に曲がる。そこで思わず足を止めた。
「……殿下?」
とっとと逃げていると思っていたセドリックがそこにいたのだ。少しうつむき加減で疲れたように立ち尽くしていた。
「殿下、どうかそこを動かないでください」
荒い息を深呼吸で整えると、アレクは慎重にセドリックに近づき、その腕をしっかりと捕まえた。
「まったく、あなたというお人は……こちらを見なさい」
しばらくの間の後、セドリックはゆっくりと顔を上げた。そして帽子の奥から冷たい瞳でアレクをひたと見つめ返す。
はっとアレクは息を呑んだ。
だが、すぐに目をそらすと、後から駆けつけてきた兵たちに大きな声で命令を下した。
「セドリック殿下を地下牢に連行せよ」
「あ、あの……よろしいのですか。これは」
「連行しろ。それからこのことを国王……いや、グレイシア王妃に直ちに報告するように。殿下は地下牢につながれた、とな」
「は、はい」
兵士たちはうなだれるセドリックを取り囲むと拘束し、地下牢へと連行していった。
「お待ちください!」
部屋から飛び出したショーンの行く手を阻んだのはジェイドだった。彼は暴れるショーンの小さな身体を柔らかく抱きとめると静かだが、強い口調で言った。
「今、あなたにできることは何もありません。お静かにお部屋でお過ごしください。それがお兄さまにとっても最良の選択となります」
「……絶対、そんなの嘘だよ。お兄さまがお父さまのお命を狙うなんて……絶対、嘘だ!」
「ショーンさま……審議はこれからです。その結果によっては、次期王はあなたになります。そのお覚悟をせよと王妃さまは……」
「お兄さまは地下牢にいるんだよね? この城の中にいるんだよね? どこかに連れて行かれたわけじゃないよね?」
するりとジェイドから離れると、ショーンは目の前に続く長い廊下を見た。
「地下牢にはどう行けばいいのか教えてよ、ジェイド」
「ショーンさま。私の話を聞いていましたか?」
「聞いてない」
きっぱりと言い返すと、ショーンはまっすぐにジェイドを見た。
「ジェイド、これは命令だ。僕を直ちにお兄さまのいる地下牢に連れていけ」
「ショーンさま!」
「言うことをきいてくれないなら、僕はこの先、ずっと、いや、一生、お前とは口を利かない」
「な、何を仰いますか。馬鹿なことを……!」
「馬鹿だよ」
いつも明るいショーンとは思えない、暗く沈んだ声で彼は言った。
「僕は馬鹿だから、ちゃんと教えてもらわないと判らない。お兄さまに直接、お会いして、お兄さまの口から本当のことを教えてもらいたいんだ。もし、それで……お兄さまが本当にお父さまのお命を狙ったのだとしたら……そうしたら、僕は」
苦しそうに息を呑むと、ショーンは言葉を継いだ。
「覚悟を決める」
「ショーンさま……」
「お母さまの仰る通りに、僕はこの国の王になる。誓うよ、ジェイド」
うっと小さく呻いて、ジェイドは右手を額に当てた。しばらく考え込んでいたが、しかしショーンの揺るがない瞳に勝てるはずはなく、やがてジェイドは溜息交じりに言った。
「承知いたしました。我が主」
勝ったとばかりにショーンが笑顔になったのは言うまでもない。




