第四話
ケイトリンの隣でにこにこ笑っているアンは、暗い色調の男ものの服を着ていた。すらりとした体躯で、むき出しの腕は筋肉質で逞しい。メガネの奥の切れ長の瞳は涼しげでクールな印象の顔立ちをしている。
女性にモテそう。そんなことを思っていると、それを察したのか、不意にアンが言った。
「言っておくけど、私、同性は恋愛対象じゃないから」
「あ、いえ、別にそんなことは思っていませんので」
「ならいいけど」
「あの、アン?」
「何?」
「あなたも軍人さんなの?」
「勿論。この部隊は八人いるんだけど、その中の紅一点。私は主に食料や武器の補給と管理を担当しているわ。怪我人が出たらその治療もね。まあ、何でも屋かな」
「何でも出来るってことだよ」
ケイトリンに酌をしろと言った年配の男が口を挟んできた。
「彼女は優秀でね。あ、改めまして、先ほどは大変失礼を。俺はトーマス・クインシー。トムと呼んでくれ……じゃなくて、呼んでください」
「敬語はいいわ、トム。私はケイトリン・スザンナ・ウィルローズ。ケイティと呼んで」
「そりゃありがたい。よろしく、ケイティ」
「あ、僕はニール・レモン」
赤毛の青年が慌てて言った。
「まだ見習いなんで、馬の世話ばかりやらされてます。もうそろそろ戦力と認めて貰えるといいのになあ」
と、セドリックをちらりと見るが、視線すら合わせてもらえない。セドリックは知らない顔で、隣に座るユーリとのんびり酒を飲んでいる。
ちぇっと舌打ちして、ニールは小声でケイトリンに言った。
「隊長に、婚約者から一言、口添えしてよ。ニールはもうちゃんとした大人だって。どうもあの人は僕を子供扱いするんだよなあ」
「子供だから仕方ないだろ」
ぶっきらぼうにそう言ったのは、テーブルの隅に座っている三人組の中のひとりだ。
「お前、甘やかされて育った商家の金持ちの坊ちゃんだろ? ひとりじゃ何もできないくせに、何が大人だ」
ひとりが言いだすと、他のふたりもそれに呼応して、ニールを馬鹿にし始めた。
「まったくだ。何勘違いして軍に入ったんだか」
「結局、役に立たないからこの落ちこぼれ部隊に来て、更に役に立たないんだから始末が悪い」
「ひどいなあ」
「事実だろ。親が軍に多額の寄付をしているから、クビにならずに済んでいるんだ。本当ならとっくにバイバイさよならだ」
「よしなよ、あんたたち。悪い酒だね」
アンが険悪な声で言った。
「ニールは頑張っているんだよ。役に立たないってずっと言われ続けて、それでも誰かの役に立ちたくて軍人になったんだ。その気持ちを尊重してやりなよ」
「これだから女は」
肩をそびやかして、大柄な男が言った。
「甘いことを言っていればいいと思っていやがる。ちやほやされたいんならよそでやってくれ、めんどくせえ」
「何だって?」
立ち上がりかけたアンを止めたのはケイトリンだった。
「喧嘩はだめ。落ち着いて」
「……だけど、ここまで言われて悔しいよ。ニールを馬鹿にされただけじゃない。女であることをコケにされたんだ」
「だけど、あの方たちもお仲間なんでしょう?」
「まあ、そうだけど。あの左側の茶色の髪がセルコ・アンダール。真ん中の銀髪がクリストファー・リブ。右端のガタイのいいのがフラン・エラン。三人とも口は悪いけど普段は頼りになるいい奴らなんだ。でも酒が入るとどうもね」
「そう。お酒ってやっぱりよくないものなのかしら……」
「おい、お前ら」
フランが声を掛けてきた。
「悔しいなら決着付けてもいいぜ」
「え? 何だよ、決着って」
ニールが不安そうに三人組を見る。彼らは笑いながら言った。
「女子供、おまけに老人相手に殴り合うつもりはねえよ」
「おーい、老人ってのは俺のことか」
目を眇めてトムが言ったが、それをさらりと無視してフランは続けた。
「これで勝負しようぜ」
どんとテーブルの上に、酒瓶を置く。
「先に酔いつぶれた方が負けってのはどうだ。負けた方はきちんと相手に謝る。そして二度と馬鹿にしないし刃向わない、ってのはどうだ」
「飲みくらべをしようって言うのか」
トムが苦い顔をした。アンとニールも戸惑って顔を見合わせる。
「あの、どうかしたの? お酒を飲むだけでしょう? 私が言うのもなんだけど、喧嘩して暴力に訴えるよりはいい方法だと思うのだけど?」
「まあ、確かに。でもね」
アンは苦笑いしながら、ケイトリンに言った。
「フランは酒豪なんだよ。酒の飲みくらべで負けたことが一度もないんだ。ニールは酒が飲めない下戸だし、私もトムも強い方じゃない。あいつら、それが判っていて飲みくらべをしようって言っているんだよ」
「どうするんだ?」
にやにや笑ってフランは言う。
「何なら、そこのお嬢さまが相手でもいいぜ」
「は? 何を言ってるの。この人は隊長の」
「いいですよ」
さらりとケイトリンは言った。
「お酒を飲むだけでいいのでしょう?」
一瞬、場が静まり返った。慌ててアンがケイトリンの腕を引く。
「何を言っているの。あなた、育ちが良すぎて意味が判っていないんでしょう? お酒を飲むだけってそんなことじゃ……」
「いいじゃねえか」
フランがアンの言葉を遮って言った。
「お嬢さまがそう仰せだ。やろうじゃねえか。隊長、いいですよね? それとも止めますか?」
「……好きにしろ」
「よし! さすが、隊長だ、話せる」
フランはにやりと笑うと、早速、店の者を呼んで酒の追加注文を頼み、飲みくらべの準備を始める。




