#09 - 来訪者
俺が魔法の習得をはじめてから、二年が経った。
はじめて魔法を使って見せた日、なぜか母と父、あとセダリックに顎が外れるぐらいに愕然とされ、そして「人前で絶対に魔法を使うな」と何度も念を押されてしまった。
なぜかは分からない。魔法のプロセスが魔王のやつになってたかもと疑ったが、そんなことはやっぱりなかった。
気になって姉に聞いてみると「習得するのが早すぎる」と怒られ気味に言われてしまった。怒らなくてもいいじゃん。
しかしなるほどである。魔法は一朝一夕で覚えられるものではないのだろう。俺が生きた世界ではそんなことはなかったが(何せ生まれた直後に使うやつがいたぐらいだ)、恐らくこの世界ではそうなのだ。
ともあれ八歳になった俺は、虚数魔法陣についてはある程度扱えるようになっていた。なぜある程度なのかというと、どうもこの術式、何やら別の使い方やらもありそうなのだ。
研究し甲斐のあるテーマに顔をほくほくさせていると、
「フォルちゃん、魔道具を作ってみない?」
「やります」
母さんからそんなお誘いを受けた。もちろん二つ返事でオーケーである。
俺は魔道具の知識もあるが、魔法と同じく新しい発見があるかもと思ったのだ。
「フォルがやるなら私もやる」
そう言い出したのはリル姉だった。
かくして姉弟二人で魔道具の勉強を始めたのだが……
(……なんだこりゃ)
一言で言ってしまえばそういうことであった。
分からないのかって? 違う、そうじゃない。
あまりにも稚拙すぎるのだ。
(いや、何でここにいらん回路挟むんだよ……この処理、絶対いらねぇだろ……)
どうやら、この世界は前の世界に比べて、技術が格段に下らしいのだ。基幹部分が同じだからこそ目につく。
虚数魔法陣を作った天才は、魔道具の分野に何も残さなかったのだろうか。
発見どころか、何の実にもなりそうにない。これなら虚数魔法陣の研究をしていたほうが万倍はためになるだろう。
「どうしたの、フォルちゃん?」
「何でもないです、母様」
とはいえ、今更「やめます」なんて言えるわけもない。母の目があるからサボるわけにもいかない。
俺は気づかれないよう小さくため息を吐いた。どうやら、これから辛い時間が続きそうだな、と。
ちなみに、後ほど俺が実験で作った魔道具を、母さんにプレゼントした。こっちの方式で作ったから効果は半分以下だけど、【状態異常回復】の魔法を込めておいた。
母さんはちょっと病気がちだからね。健康は大切だ。
◆ ◇ ◆
八歳になって俺の体は著しく成長し、身長は姉を追い越していた。
とはいえまだまだ子供だ。体も未発達で、大人とは比べようもない。が、日ごろのトレーニングのおかげもあって、ステータスは大いに伸びていた。
名前:フォルトス・アーノック(アーノック男爵家長男)
種族:人間族
称号:アーノック男爵家長男
年齢:8歳
・ステータス
レベル:5
体力:90/90
魔力:210/210
筋力:19 耐久:17
速度:20 魔法:32
器用:19 運:2
・保有スキル
【神への反逆】【精霊の祝福】【天稟】
#新スキル:【天稟】
成長速度にボーナスが発生する。なおこの効果は、戦闘行為における経験値、およびステータス値の上昇率、スキルの習得に影響する。
新スキルまで取得していた。何だコレと思ったが、まぁ悪くないものっぽいな。他の人のステータスがどんなものか分からないから、伸び率に関してはちょっと分からないが。
しかし運が低い。何だこの運の低さは。まったく上がってないんだけど……どんだけ運が悪いんだ俺は。
しかし、魔力と魔法が一番伸びている。これは恐らく、魔法の研究や勉強を徹夜でやりまくったせいだろうな。
レベルは「学び」によって上がるのが普通だ。この世界でもおなじかは分からないが、見た感じ同じだろう。
学びとは経験だ。新しいことを見ること、聞くこと、知ること。そして本で見るだけではなく、実体験が伴って人はレベルアップする。
ただ、レベルアップするだけなら旅をすればいいかというと、それも違う。
旅するだけでレベルアップしても、戦闘用のステータスは伸びないのだ。戦闘用のステータスを伸ばすなら、やはり戦闘をするしかない。
そして見慣れた敵を百匹殺すより、未知の敵を一匹殺したほうが、レベルは上がってステータスも伸びる。
これは、前の世界において大量の実験によって得られた統計による結果だ。
実際、レベルアップしているのは、毎日の模擬戦や訓練、そして密かに山で魔法をぶっ放したりしているからだろう。もちろん、領内や国内のことを勉強するのも忘れていない。
リル姉とは今ではほとんど互角に戦えるようになった。
しかし、やはり彼女は天才というか、時折考えもしない手で一本取られることがある。ちょっと試しに魔法と剣技を組み合わせた近接戦闘を教えたとき、これがよほど肌に合ったのか、とんでもない早さで自分のものにしていった。
もう魔法と剣技を組み合わせた戦闘では、領内にだって彼女の右に出る人間はいないかもしれない。……いや、親父がいたか。
一方、弟のほうはすくすく元気に育っていた。
時々「にいちゃん」と後ろを追いかけてくるので、正直とても可愛い。
父さんと母さんが子供を溺愛するのも分かるな。俺にも子供が生まれてたら、あんな感じだったのだろうか……。
暗い想像を振り払って、俺は前へ踏み出した。
俺は今、屋敷の廊下を歩いていた。
目の前にはドアがある。父の執務室のドアだ。
「失礼します」
そう言ってドアを開けると――そこには、父と、銀髪の女性が立っていた。
銀髪の女性はすらりとした美人だった。すわ浮気か……なんて浮き足立ちはしない。なぜなら、その女性の服装が、どう見ても軍服だったからだ。
「では伯爵様、よろしくお願いいたします」
「うむ、確かに。……リザ様に、よろしく頼む」
「はっ」
そう言って踵を返す女性は……どこか、誰かに似ているな、と思った。
「君は……フォルトス君?」
「あ、はい」
「そうですか。君の優秀さは、お父君から聞いてますよ。頑張ってください」
そう言って笑うその表情は――そうだ。母さんに似ている。髪の色は違うけど。
「おいおいカトレア君、フォルを勧誘しないでくれよ」
「分かっていますよ。大事な跡取り様ですから。ただ……彼がそうしたいというなら、私に止める理由はありませんが」
そう言って笑う銀髪の女性に、父は苦い顔で溜め息を吐いた。
「それでは」と言って堂々と去っていく女性に、思わず目が奪われていると、後ろから父の声がした。
「彼女はカトレア・サーヴァイン。トーニャの……母さんの妹だ」
「母さんの?」
俺の言葉に、父さんは少し目を見開いた。
あ、しまった。今母様じゃなくて母さんって……。
ただ、さほど気にはしなかったのだろう、父はすぐに顔色を改めた。
「来週、来客があってな。お前に頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
「ああ……その来客というのが、まあ、お前と同じ年頃でな。色々と言われると思うが……やんごとなき身分の方だ。決して失礼のないように」
ほう、つまり貴族か。
そういえば姉さん以外に同じぐらいの年頃の人と、あまり話したことがないんだよな。町にはいるんだけど、恐縮してか対等に話してくれない。
ウェインは幼いから、当たり前だけど話はまだできないし。
「くれぐれも気を付けるように」
俺の眼が少し輝いたのを見てか、父はさらに念を押した。どうも、かなりの身分のお子様らしい。
分かってるって。
「あと……さっきの母さんってやつ、ぜひ本人に言ってやってくれ。喜ぶから」
うるせえ。呼んだことあるよ。本人は気づかなかったかもしれないけどな。
「あと、父さんのことも父さんって」
「……呼びませんよ」
「パパでも「呼びません」
マジでちょっと恥ずかしかったからやめてくれ。