#04 - 幸福な家族
どうやら俺は生きているらしい。
そしてどうやら俺は赤子らしい。
その状況を整理して考えられるようになったのは、生まれて――そう、俺が赤子として生まれてから二年が経った頃だった。
何がどうなっているのか。最初は混乱した。
というか、幼いというのはどうにも度し難い。体は自由に動かせないし、すぐに腹は減るし、糞尿は垂れ流すし、おまけにすぐに眠くなる。言葉も喋れないので、泣きわめくことしかできないのには辟易とした。
しかし、ある程度年月が過ぎれば、物事の整理もついてきた。
要するに、これは転生というやつではないのかと。
またか――だ。
かつて俺は生まれ変わったことがある。日本人の青年、川村陽介から、農村生まれのレクナ・バルトロメアに。
当時は、神様ってやつに導かれての転生だった。選ばれしなんとか、というわけではなく、宝くじ一等賞にたまたま当たったようなものだったらしい。
とはいえ、それにレクナ・バルトロメアが気づいたのは、十歳を過ぎた頃だった。頭痛がしたと思えば「そういや俺って日本人だったっけ」と思い出したのだ。
だから日本という国に愛着というものはさしてない。知識として持っているだけだ。
しかし、今回はどういうことだろうか?
今回生まれ変わった俺は、フォルトスという名前だった。やり直しなどではない。
前の転生は農村の出身だった。天蓋付きのベッドも、ぬくぬくとした部屋も、広い屋敷もありはしなかった。すきま風も雨漏りも垂れ流し放題の、豚小屋みたいな寂れた家しかなかった。両親も、絹仕立ての、あんないい服なんて着ていなかった。
俺は、貴族の家に生まれ変わったのだ。フォルトス・アーノックとして。
(なぜだ……?)
神の加護では断じてないだろう。
俺は神に弓を引き、神に呪われ、神を殺し、そして神に殺された。
俺と奴は不倶戴天の仇敵だ。神が俺に、手を差し伸べるだなんてことは絶対にない。
だがしかし、生まれ変わりだなんてものを実現する存在は、神以外にありはしないのも同義だった。
危機感があった。
ある日突然、神が手のひらを返して俺を狙いに来るのではないかと。もちろんその場合は、その手を?みちぎってやるつもり満々だが、生憎俺は身動きもろくにできない赤子の身だ。
だが――
(まぁ、いいか)
改めて神が俺を殺しに来るなら、それでもいい。
どうせ一度死んだ身だ。奴に踊らされるのは癪だが、今更未練の一欠けらだって残っちゃいない。体が動かせないなりに、唾を吐きかけるぐらいは出来るだろう。
……なんて思っていたのだが、まるでカミのカの字もないまま、年月は過ぎていった。
よく分からないまま、俺は『幸福な家庭』とやらでぬくぬくと育っている。
「フォルちゃん、五歳の誕生日、おめでとう」
「ありがとうございます、母様」
母さん――トーニャ・アーノック。長い黒髪の美人だ。映画で見たエルフみたいな細長の顔立ちをしている。ただし瞳は日本人的な焦げ茶色なので、ちょっと違和感がないではない。
頭を下げると、母さんは嬉しそうに微笑んで、プレゼントを手渡してきた。
手編みのマフラーだ。
受け取って、そして軽くビビる。
……絶対に普通のマフラーではない。なぜなら、マフラーからは妙な魔力が漂っていたからだ。色も手触りも見事で、何の糸で作られたのかもよくわからない。
(母さん、また変な魔道具を作ったな……)
店に出せばいくらするんだ。下手をすれば家を一軒買えるぞ。
「今年は寒いらしいから、ちゃんと暖かくしてね」
「うれしいです。ありがとうございます」
トーニャ……母さんは、俺を抱きしめてから、しきりに顔をくっつけて、頬におでこにとキスをしてから帰っていった。
うん、マフラーはあとでつけよう。何の魔法がかけられているのか、ちゃんと調べないと。
ちなみに、母さんはつい一年前まで、暇があればすぐに俺を抱っこしていた。というか抱っこしたくてしょうがないらしかった。
が、四歳の誕生日を節目に俺が固辞したのだ。ものすごく悲しそうな顔をしたので、ちょっと罪悪感を感じたが、しょうがない。
結婚も経験しているようなオッサンが、いつまでも母親に抱っこされているわけにもいかないのだ。
あと母さんはものすごく美人なので、フリエに対してもちょっと罪悪感があるし。
「……フォル」
「リル姉」
次に俺を呼んだのは、アイスブルーの髪の小さな少女だった。
俺の姉、リルーシャだ。俺と二歳しか違わないから、同じぐらいに背は低い。あまり多くを語らず、静かに笑うことが多い姉だが、姉弟だからか何となく言いたいことが分かる俺は、姉と仲が良い。
「誕生日、おめでとう。これ……」
そう言って姉が差し出してくれたのは、小さな花束だった。
「ご自分でお集めになられたのですよ」
そう言って笑ったのはメイド長のエルメラだ。メイド長の割に若く、年齢は三十代といったところで、焦げ茶色のくせっ毛と、猫っぽい表情が特徴的な女性だ。
彼女は幼い頃から、俺とリル姉の世話役をしている。特に同性ということもあって、リル姉とは本当の姉妹のように見えることもあった。
きっと、そんなリル姉の成長が嬉しいのだろう。温かな人柄が溢れるようなエルメラの笑顔に、「そうか」と俺は頷いた。
「ありがとう、リル姉」
感謝を言うと、姉は嬉しそうに、やはり静かに笑って、そして俺の頭をぎゅっと抱きしめた。
「フォル! 誕生日おめでとう!」
後ろから大声が聞こえて、突然、視点が高くなった。かと思えば、抱きかかえられたままぐるりと反転させられる。
目の前いっぱいに男の顔が広がった。
若いがちょっとワイルドな感じの男で、青色の髪の向こうで、顔いっぱいに喜色を浮かべている。
言うまでもない。
父、ロクス・アーノックだ。
「父様、ありがとうございます」
「いやーデカくなったなフォル! そのうち、俺も持ち上げられなくなるかもな!」
いや、そんな日は絶対に来ないだろ。
父、ロクス・アーノックは、子爵貴族でありながら戦士でもある。
腕はまるで丸太のように太い。筋骨隆々という言葉がこれほど似合う男もいないだろう。
「父さんからのプレゼントはこれだ!!」
俺を下ろした父さんが、どんっ、とテーブルに細長い箱を置いた。
デカい。おそらく俺の身長よりもデカいだろう。
黒く染められた箱には、見事な飾りが施されている。
ふふふ、と変な笑みを浮かべながら、父さんが箱を開く。
箱の中から取り出されたのは、一本の剣だった。
柄には、シンプルかつ使い勝手を損なわないながら、見事な装飾が施されている。
だがそれ以上に目についたのは、刀身に刻まれた青く光る刻印だった。
(――魔剣だと!?)
普通の剣に比べれば、価値の桁が二つも三つも違う代物だ。
しかも見るからに、刀身自体も名匠の作。見紛うことなき名剣だ。
「ブラゼウス老に頼みこんで特別に打ってもらった魔剣だ。俺はなフォル、お前が五歳になったらこれを贈ろうと――」
「……アナタ?」
意気揚々と語っていた父、ロクスが、母さんの低い声にぴくりと言葉を止めた。
「フォルはまだ五歳なんですよ? そんな剣を贈ってどうします。まさか、魔物狩りに連れて行こうだなんて――」
「ちちちち違うぞトーニャ! これはだな――」
「何が違うというんです?」
言葉は静かだが、迫力がすごい。
俺はひそかに小さなため息をつきながら、父さんに頭を下げた。
「ありがとうございます、父様。母様、父様を怒らないであげてください」
俺がフォローすると、父はにんまりと笑って、母はちょっと複雑そうな顔をした。
「でも父様、確かに僕にこの剣は早いと思います。ですから、僕が大人になるまで、父様が預かっていてください」
「む……うむ、そうだな」
父が母と俺との間で視線を往復させながら、唸りながらうなずいた。
別に、惜しいとか思ってないからな。
ただ、あんなものを持ち歩いて、厄介ごとに出くわすのが嫌なだけだよ。
・ロクス・アーノック
父親。貴族。青色の髪(ちょっと鮮やかな青)。20代中盤にしては老け顔で、フォルからは30台に見られてます。ムキマッチョ。めっちゃ強いです。我が子ラブ(ただし放任主義)。
・トーニャ・アーノック
母親。黒髪ロング。美人です。エルフっぽい顔立ちだけど純人間。我が子ラブ。
・リルーシャ・アーノック
姉。リル姉。父親側の遺伝かアイスブルーのショートヘア。
やっぱり美人。そしてちょっと不思議ちゃん系。弟ラブ。
・フォルトス・アーノック
家族に愛されすぎてる主人公。愛称はフォル。長男。黒っぽい青、いわゆる紺色の髪。
顔は普通に子供としてかわいいぐらい。成長したら結構イケメン?
・セダリック
筆頭執事で侍従長。貴族ではないので苗字はなし。年齢は40代後半。髪の色は銀色で、イケメン初老執事。実は元冒険者。
・エルメラ
メイド長。同じく苗字なし。
天然パーマで焦げ茶色の髪。ちょっと猫っぽい顔立ちの。年齢は30代前半。