#03 - 誕生
最初に、あたたかな感触があった。
暗闇にいた。暗くて深くて、けれど、どこか嫌ではない。とにかく眠たくて、寒くて、目を開けるのも億劫だった。
だが、静寂は終わる。強い力で引きずり出されたかと思ったら、次にひどい激痛がやってきた。
泣き声が聞こえた。
誰のだ?誰の……俺の?
信じがたいほどに、声が止まらない。まるで洪水のように、俺は叫び声をあげていた。
暗い場所から、明るい場所へと引っ張りだされた。
急転していく。引きずり出されたかと思えば運ばれて、今度は水――いやお湯に放り込まれたかと思ったら、布でごしごしと拭き取られた。
そして、また大きな手が俺を包んだ。
いや、いささか大きすぎはしないだろうか。
どうにか目を開ければ、女の顔があった。
ひどく近い。ひどく大きい。いわゆる美人、だと思うが、とにかく縮尺がおかしい。
その顔は、どこか愛おしそうに焦げ茶色の目を細めて、嬉しそうに微笑んでいる。
俺は、その顔をどこかで見たことがある、気がした。
守らなくてはならないもの――だったような気もする。
だが、眠すぎて、すぐに思考を放棄した。
今は眠ろう。起きて、また考えればいい――。
◆ ◇ ◆
「奥様、おめでとうございます。立派な男子ですよ」
侍女のエルメラにそう言われて、寝台に寝転がったまま、私は頬を緩ませた。
出産を終えたばかりの体は疲労困憊だ。二回目で、それなりに分かってはいても、腕の一本を動かすのにも、ひどく疲れる気がした。
でも、エルメラの手に抱かれた赤子を見て、私は手を伸ばさずにはいられなかった。
小さな命が、両手の中におさまる。
しっかりと、あたたかな命を、息吹を感じる。
あまり泣かないな、と心配になったけれど、大丈夫みたいだ。甘えるように、私に体をこすりつけてきた。
ああ――
私の、胸の中いっぱいに、強い感情が広がった。
今にも決壊して、あふれ出してしまいそうになる。今すぐこの子をもっと強く、ぎゅっと抱きしめたい、暴風みたいな感情が暴れ狂いそうになったけれど、どうにか自制した。
指を顔に近づけると、ぎゅっとそれを握った。
ああもう――可愛すぎる!!!
「トーニャ……」
頬が緩みまくっていた私に、聞きなれた声が届く。
「あなた。ほら、この子」
「ああ……」
ふらふらとベッドの傍まで来て、私と同じように、その指先をこの子に向ける。
すると、また同じように、小さな手がぎゅっと指先をつかんだ。
何か衝撃を受けたように、夫の目が大きく見開かれる。
可愛いでしょう? そんな意味を込めた目線に、こくこくと彼が頷いた。
「エルゴ。紙と筆を」
「かしこまりました、旦那様」
そう言って頭を下げたのは、扉の近くにいた執事のエルゴだ。
「あなた、もしかして……?」
「ああ。さっきまで悩んでたんだが、今決めた」
そう言って彼は笑う。私の大好きな、やんちゃな少年みたいな笑顔で。
「こいつの名前は――フォルトスだ」