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転生した魔王が、この世界でもう一度出来ること  作者: 卜部
閑話 勇者の末路
21/30

#21 - バッドエンド

 勇者たちがこの世界に召喚されて、一年が経とうとしていた。


 俺たち二十五人は、十八人になった。

 理由は簡単だ。

 三人が城の塔から身を投げた。即死だった。

 そして四人が、夜の間にどこかへ消えた。彼らは、誰も帰ってはこなかった。


 恐怖は、人から人へと容易に伝染する。

 それは正常な、冷静な判断力を残しているはずの者たちにも、暗い影を落とす。


 俺たちは、努めて日々の生活を繰り返すようになった。

 朝起きて、ご飯を食べ、生き残るための訓練をする。


 その日々の中で、ステータスの存在は、勇者たちを強く励ました。鍛えれば強くなれる、それが結果として明瞭に現れるのだから。


 俺は――真田晃司は、そんな日々を率先して過ごしていた一人だ。


 恐怖を克服する方法は、強くなることしかない。俺はそれをよく知っていた。だから、他の全員にそれを強要したのだ。

 俺は結局、この世界が二度目の転生であることを、誰にも言えないでいた。彼らが今より強くなって、もっと冷静に心を保てるようになれば……と思っている。

 強者の存在は、否応なく『甘え』となるから。


 もし本当に魔王を倒さないといけないとしても、俺一人では絶対に勝てないだろう。八人居たから、それだけじゃない多くの偶然と奇跡が重なって、俺たちは魔王を倒せたのだから。

 それに、俺は――


「真田殿、少しいいだろうか」

「あ、はい」


 訓練の帰り、騎士団長に呼び止められて、俺は足を止めた。

 騎士団長のストレイル・ラグリウスは、質実と堅物を混ぜて絵に描いたような人物で、白銀の板金鎧(プレートメイル)がよく似合う大柄の男だ。

 年齢は三十と少しといったところで、比較的寡黙な辻井とは「キャラが被っている」と良く話の種となっていた。


 辻井は団長ほど堅物でもないと思うけどな。


「実は最近、モーリウス渓谷のほうで、少々厄介なことが起きておりまして」


 なんでも、渓谷を通り抜けていた商隊が飛竜の叫び声を聞いたというのだ。

 モーリウス渓谷は、隣国であるガレンシア王国との間に立ちふさがる渓谷道のことで、切り立った山々の間を通る商路のひとつだ。

 ガレンシア王国との間の商路は、モーリウス渓谷を除けばかなりの遠回りとなる。もし飛竜による被害が出れば、両国の経済に対する打撃は深刻だ。


「そこで、我が軍は偵察隊を送ることにしたのですが、勇者から二名、同行して頂けないかと」

「なるほど」


 こうした任務は、しばしば王国を通じて俺たちに依頼されていた。

 とはいえ、安全はほとんど保障されているようなものだ。実際に戦うのは兵士たちで、俺たちが戦うことはほとんどない。

 それに戦うことになったとしても、任務に行く勇者は、いずれも強力な固有能力を有していた。戦闘向きの固有能力は、ステータス差など簡単に覆してしまうほどの力を持っている。


 最初こそ怖がっていたが、勇者たちのほとんどは、もうそれに慣れつつあった。

 何しろ、モンスターを倒すことは、訓練とは比較にならないほどの経験値が手に入るのだ。

 自分が強くなるのを自覚すればするほど、恐怖は薄れていく。そして、やがてそれは慣れに変わる。


「この依頼は既に、貴族会議を通じて、今野殿が参加を表明されています」

「正吾が?」

「はい。そして貴族会議はもう一人に、真田殿を指名しておられます」


 正吾と二人か。随分久しぶりな気がする。

 俺と正吾の関係は、少し変わったようで、しかし何も変わっていないような気もする。相変わらずよく喋るが、時折、正吾の顔にどこか影のようなものがちらつくのだ。

 同じ日本人が自ら命を絶ったことが、今もこうしてまだ尾を引いている……。


 ……あいつを一人にさせるのは危険かもしれない。


「分かりました。お受けします。出発は?」

「三日後の朝に。よろしくお願いします、真田殿」


 ◆ ◇ ◆


 モーリウス渓谷は、モーリウス山脈を横断する巨大渓谷である。

 左右に切り立った崖が立ち並ぶ、深い深い谷だ。渓谷の底は魔物の巣窟と言われているため、渓谷沿いの山道を進む。


 モーリウス山脈は、国境沿いをほとんど覆うほどの大山脈で、そのうち霊峰モーリウスと呼ばれる山は、雲に届くほどの標高を誇る。

 山脈にはきわめて危険な魔物が出没し、渓谷を通らずに横断することは不可能である。この渓谷は、奇跡的に魔物の寄り付かない、人が山脈を超えられる唯一の道だ。


 渓谷沿いの山道を進んでいく。

 谷底からは、低いうなり声が絶えず聞こえている。それが風なのか、それとも魔物の声なのかは分からない。


「商人って、よくこんな道を通れるな……」

「彼らは、商売のためならいくらでも命を懸けますからね。田舎のバカどもよりよっぽど肝が据わってます」


 正吾の呟きに、兵士が苦笑しながら答えを返す。

 田舎の馬鹿、というのは隣国の連中のことを指すらしい。


「そんな馬鹿どもだから、魔王になんて騙されるんだよ」

「そりゃそうだ」


 ハハハ、と兵士たちは笑いあう。


 魔王は東の国にいる。その予言が下ったのは、今から四年ほど前なのだという。

 だが何となく、真田は胡散臭さのようなものを感じ始めていた。

 東の国と、このリンデル王国は伝統的に仲が悪い。どうやら国境境にある銀山を奪われたのがその理由らしく、いわば資源問題だ。


 それは普通の戦争であり、魔王は関係がない。

 そこにたまたま魔王が現れて、俺たち勇者が召喚された。

 少し、都合が良すぎないかと思う。


 もともと隣国と戦争をしていたのを、国は俺たち勇者に隠している。余計な疑念を抱かれたくないかもしれないが、そうした行動が逆に疑念を呼んでいた。

 だがその疑念を、俺は仲間に話せていない。


 もしこの世界に魔王がいなければ、どうなる?

 ――もしかしたら、俺たちに帰る方法はないのかもしれない。

 この話をするのは、たぶん、まだ早い。


「先輩、例の唸り声が聞こえたのはこの辺らしいッス」

「ああ、分かった」


 正吾にそう声をかけられて、俺は足を止めた。

 ここに来るまで、正吾とあまり話をしていなかった。……どうにも、なんとなく避けられているような気がした。


「ドラゴンの声つったって……唸り声みたいな? そういうのは聞こえるッスけど……」


 谷底から聞こえてくる唸りには、変化のようなものは見当たらなかった。


「よっと」


 慣れた手つきで正吾が手を振ると、脈絡もなく、その手の中に大きめの双眼鏡が現れた。

 正吾の能力は『記憶具現化』だ。なんでも、一度触れたことがあるものを召喚できる能力らしい。

 触れたことがないものは具現化できないし、何でも召喚できるわけではない。それに、具現化したものは時間が経てば消えてしまう。だが正吾はこの能力で火炎瓶を作り出し、それを主な武器にしていた。そのせいか、正吾は炎使いだと思われている。


 正吾が取り出したこの双眼鏡は暗視機能付きのものだ。その昔、電気屋に置いてあったものを触ったことがあったらしい。


「うーん……谷底にも、魔物の姿は見えないッスね……」

「そうか……場所を変えるか?」

「いや、ちょっと待ってください。……ん?」


 不意に、正吾が首を傾げた。


「何かあったのか?」

「あれ……いや、何スかねあれ。先輩、ちょっと見てもらっていいですか?」


 正吾に双眼鏡を手渡され、言われるがままに覗き込む。


「もっと右スね、そっちです」


 正吾に言われるがまま双眼鏡を動かすが……何もない。谷底には川が流れていて、あとは大小の岩が転がるばかりだ。


「正吾、何も――」


 不意に、手の中から双眼鏡の感触が消えた。

 ……もう召喚時間が切れたのか?

 俺は振り向こうとして、


 ――パンッ、と乾いた音が響いた。


 ◆ ◇ ◆


 それは、感じたことのない衝撃だった。

 まるで槍に突き刺されたような、いや、それよりも強力な衝撃に、胸がのけぞる。何か鋭利なものが、俺の肩に突き刺さった。


「が……っ」


 灼熱。

 突き刺された肩を中心に、炎のような痛みが、灼熱となって脳を焼いた。思わず膝をつく。


 何だ? 何が起こった?

 攻撃? いったいどこから!?


「あー先輩。ぜんぜん平気そうじゃないスか。やっぱり頑丈っすね」


 呑気な正吾の声に、思わず、「逃げろ」と口走りそうになって。

 そして、俺はそれを見た。


 正吾の手に握られているもの。

 黒くて、機械的な、それは。


「けん……じゅう……?」

「ベレッタっていうんですよ。知らないですか? そういうの、先輩疎そうですもんね」


 銃口が、まっすぐに俺に向けられていた。

 漂うこの臭い。硝煙の臭い。そして、ようやく俺は気づいた。

 俺は、撃たれたのだ。

 異世界で。拳銃で。


「肩に当てたのはわざとですよ。簡単に終わったら、面白くないですから」


 そう言って、正吾は引き金を引いた。

 炸裂。光が瞬いたかと思えば、今度は俺の足に激痛が走った。


「がァっ……!」


 痛みに視界がぶれる。滲む。

 その向こうで、笑っていた。正吾も、その後ろにいる兵士たちも。


「先輩、どうしたんです? 聖剣は使わないんですか」

「なん……で……」

「なんで? ああ、これですか」


 正吾は拳銃、グロックに目をやると、無邪気に笑う。


「これは親父と一緒にアメリカ行ったとき、撃たせてもらったんですよ。覚えてます? この世界に来る一年前、俺、旅行行ったじゃないですか。あの時ですよ」

「お前……それを、ずっと、黙って……」

「すみません。嘘ついてました。でもしょうがないッスよね。先輩だって、嘘ついてたワケだし」


 正吾が一歩、俺に歩み寄ると、


「ねぇ先輩。どんな気分でした? 俺らよりずっとレベルが高いくせに、仲間ヅラして、人を見下してた時の気分は」


 そう、俺の耳元で囁いた。


 ――なんで。

 なんで……俺のレベルを……


「杉宮さん、覚えてますか?」


 その名前は――あの、スーツ姿の。

 一年前、視線を感じた、サラリーマン風の男。

 そしてその後、ひっそりと姿を消した一人。


「あの人の能力、『解析』っていうらしいですよ。他人のレベルが分かるそうです」


 ――そういう、ことか。

 俺のレベルを見た彼は何を思ったのだろう? いや、姿を消したことがその答えなのかもしれない……彼は、きっと疑問を覚えたのだ。あるいは恐怖を。

 ただ一人だけ、なぜかレベルの高かった俺に。


「あんたは、ずっと前からそうだった」


 すっと、正吾の声が冷えた。

 感じるのは、底冷えのする……怒りと憎悪。


「ずっと人を見下して、自分は全部知ってるって顔をして……ちやほやされてましたよね。マキも、美空先輩も、全員。俺はそれを知ったとき、ゼミに入ったのを死ぬほど後悔したんだ……」


(何の……話だ……?)


「あんたにとって俺は、ひたすら滑稽だったでしょうね……自分が遊んでる女の尻を追っかけてる俺は……」


 何を、言ってる?


 正吾の話の半分も、俺は分からなかった。分からなかったが、ただひとつ分かったこともあった。


「お前は、俺を……」

「ああ……そうですよ、俺は……

 俺は……ヒヒッ、ハハ、俺はぁ、あんたを、あんたを殺したくてしょうがなかったんだよォ!!!!」


 銃声。

 俺の胸に穴が開いて、鮮血が舞った。

 銃声。銃声。銃声。銃声――


「だから、だからァッ!!

 あんたを殺せって、連中に言われたときは、死ぬほど嬉しくてたまらなかったッ!!」


 何度も、何度も、何度も、何度も。

 胸に穴が開く。

 いつしか、手には聖剣があった。召喚したのではない。俺の命の危機を察して、ひとりでに現れたのだ。

 聖剣の力が命を繋ぎとめる。そして繋ぎとめるたびに穴が開いた。死と生を何度も行き来する。


 俺は、どうすればいいのか、分からなかった。

 聖剣を振るう力は、もうない。

 あったとして……俺は、正吾を殺したのだろうか?


「何か言えよ、おい」


 弾倉を交換しながら、ニヤニヤと笑って正吾は言った。


 ああ違うんだ。そうじゃない。

 こいつを殺したくないわけじゃない。

 そうじゃないんだ。ただ――


 俺は魔王を殺して。ここで殺されそうになって。その上、こいつを殺さないと、きっと俺は生き残れなくて。

 だから――


「もう……疲れた」


 戦うことが、人の命を奪うことなら。

 俺は何のために戦えばいい?


「テメェ……ふざけんな!」


 歯ぎしりをしながら、正吾は俺の顔を殴りつけた。

 俺の体は地面に投げ出され、聖剣が俺の手からこぼれ出る。


 正吾が、はっとした顔をした。

 そして俺の聖剣を拾い上げて、顔を歪める。


「ああ……もういいや。おい」


 正吾の声に応じて、誰かが俺を引っ張り上げた。

 両脇を抱えられて、地面に座らさせられた。


「あぁ……そうか。これが、あんたの見てた景色か……」


 地面に座らされた俺を、上から見下ろしながら、正吾は嗤った。


「先輩」


 正吾はかがみこんで、そして、


「俺は今、最高にハッピーだよ」


 俺の胸に、聖剣を突き入れた。

 体が後ろに倒されて――そして、その先に地面はなかった。


 谷底に、ゆっくりと、落ちていく。

 正吾が見えた。俺の血を滴らせた聖剣を手に、嗤う正吾の姿が。


 遠くなってゆく空の向こうで、初雪が落ちてくるのを見ながら、俺の意識は暗く深い闇に閉ざされていった。

シリアスなお話が続きましたが、外伝は一度ここで終了になります。

次話、ようやく第二章「学園編」スタートです。

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