#16 - 加藤祐樹は勇者になりたい
加藤祐樹は、憧れていた。
英雄に。正確に言えば、「異世界転移で成り上がる」ことにだ。
だからこそ、本当に異世界転移をしてしまったとき、歓喜に震えた。
昔から異世界転移に憧れていた。ライトノベルがあれば買い漁り、自分が異世界に行けたらと常に妄想していた。
その妄想を、彼は研究と呼んでいた。
もちろん普通なら、そんな研究が役に立つことなどありはしない。だがもしもあれば、誰よりも賢く立ち回ってやるつもりだった。
最初に見たのは、よく分からない真っ白な部屋だった。
その部屋の中央には、立て看板のようなものがあった。だがなんの文字も書かれていないそれに、突然文字が浮かび上がり――そして声が聞こえた。
『あなたたちは異世界に召喚されました』と。
それは、男とも女とも、子供とも老人とも言える、奇妙な声だった。
大抵の人間は混乱していたが、加藤祐樹は違った。興奮した。ついにこの時が来たのだと。
そして大抵の場合、こういう場面ではチートが与えられるのだ。
加藤の予想は、それはまさしく正鵠だった。
『あなたたちには、それぞれ能力が与えられます』
その声が響き、文字を見たとき、彼の脳裏に何かがよぎった。
それは自分が得た力についてだった。
『光の矢』。光を操る勇者の魔法だという。チートだから絶対に強いのだろうと、何の根拠もなく加藤祐樹は確信した。
召喚され、王女の説明を聞いて……そして彼は舌なめずりをした。
王女は美しかった。そしてあの王女は絶対に自分に惚れるだろう。そのあとはハーレムだ。ハーレムを作って旅をして、最後には自分の国を作るのだ。
勇者は二十五人いた。予想以上に多かったが、自分以上に『異世界転移』に詳しい人間はいないだろう。
俺が本物、奴らは脇役だ。そういう確信が彼にはあった。
それから暫くは、訓練だった。
『光の矢』の魔法は強力だった。普通の魔法では絶対に防げず、王国の魔法士とかいうのを何人もダメにした。
次に試したのは魔物だった。魔物相手にも『光の矢』は無敵を誇った。
速く、そして強い。
仲間内では試していないが、単純で強力な『光の矢』を防げる人間は、誰一人いなかった。
隣国に魔王がおり、それの討伐軍を編成すると言われたときも、加藤は真っ先に立候補した。というか、戦争、という言葉に物怖じしたのか、立候補したのは彼以外にはいなかった。
馬鹿な奴らだ。やっぱり主人公は俺に決まりだったと、彼は王女に感謝されながら、一人で笑った。
その夜、彼は王女を抱いた。
王女の部屋に忍び込み、「勇気が欲しいのです」と言ったら、王女はあっさり首を縦に振った。やはり王女は俺に惚れていたのだ。
自分の腕の下で気持ちよさそうによがる王女の姿は、今まで生きていて最高の瞬間だった。
あの時のことを思い出すと、今でも下半身が熱くなる。
帰ったらまた抱こう。いや、それから毎日抱いて過ごせばいい。なぜなら俺は英雄だからだ。
軍に同行し、砦に入ったあとも、彼は何人も女を抱いた。
あの女とあの女はハーレムに入れてもいいかもな。一昨日のはダメだった。あれは却下だ。
そんな風に、彼の英雄道はまさに順風満帆だったのだ。
そして――
「ふざけたことを。どうせその勇者にせよ、所詮は贋物だろう!」
城壁の上に立つ青い髪の男の言葉に、いらっとした。
誰が贋物だ。俺は勇者だ。主人公だ――英雄だぞ。
ああいうことを言った奴の末路はなんだ? そうだ決まってる。勇者に倒され、そして己の行いを悔いながら死ぬのだ。
「おい、どけ」
「はっ?」
隣に立っていた男を押しのけ、俺は『光の矢』を使った。
周囲の兵士たちが驚きに声を上げ、光に目を背ける間に、光の矢は虚空を裂き、城壁の上を白い爆炎で染めた。
「……外したか」
生きてやがる。さすがに遠すぎたか。
だが俺のチート『光の矢』は、二発目以降の命中率を高めるという特殊効果がある。次は外さない。
見ると、小さな女のガキが、さきほどの男に駆け寄っているのが見えた。娘だろうか。
一瞬だけ迷う。
(ま、いいか)
ガキには興味がない。それに、今なら誰も見てはいないし、この距離じゃ見えはしない。
さして躊躇もせずに、二発目の『光の矢』を放った。
命中率増大の効果が乗った『光の矢』は、狙い違わず男とガキをぶち抜いて、白い炎が死体さえも焼き尽くす。
――はずだった。
「……あ?」
だが、そうはなっていない。
にやけ面で戦果を確認しようとした加藤の顔が歪んだ。
二人とも、生きている。確かに直撃したはずなのに……。服のひとつも焼けていなかった。
よくよく目をこらせば――半透明の、ガラスのような壁が、男とガキの周りに漂っているのが見えた。
(……まさか、防いだ?)
また一人、ガキがやってきた。今度は藍色の髪の、薄気味悪いガキだった。
まさか、あいつが?
「まさか」
外したか、それか何かのまぐれだろう。
隣では、開戦前にどうとか偉そうなやつが騒いでいたが、容赦なく蹴飛ばして、俺はもう一発『光の矢』を放った。
だが――結果は同じ。
そして、ガキの前には、やはり半透明の壁のようなものが出来ていた。
まさか――本当に防いだというのか?
ありえるはずがない。ありえるはずがないことを考えながら、俺はガキを凝視する。
そして……ぎくりとした。
目が合ったのだ。まさかこの距離で、そうは思っても、確かにガキは俺を見ていた。俺を見て――口が、動いて、
『喝采せよ、喜劇は終わった』
瞬間、空に巨大な魔法陣が浮かんだ。
ひとつではない。ふたつ、みっつ、よっつ……七つ? いや、八つか?
ヒッ、と隣で誰かが声を上げた。
「第八位階だと……!?」
「ありえん!! 馬鹿な……なんだ、なんだあれは……!?」
それは、従軍していた魔法士たちの声だった。
だいはちいかい、というものが何か、加藤祐樹は知らない。彼は、この世界の魔法も、虚数魔法陣も知らない。
虚数魔法陣はその数が増えるほど難易度と規模が跳ね上がることを。
八つの魔法陣のよる第八位階魔法が『人には不可能な領域』と呼ばれる、人智を超えた魔法であることを知らない。
だから呆然と、ただそれを眺めていた。綺麗だな、ぐらいの感想だ。
黒い虹がかかる。すると、城壁に立っていた男たちが、次々にくずれおちていった。
「何だ……?」
自爆か?
加藤が首を傾げ、もう一度『光の矢』を放つべきかと、魔法薬を取り出そうとして……また、空に魔法陣が浮かぶ。
それは花火に似ている気がした。複雑な幾何学模様を描く巨大な魔方陣が、空にいくつも浮かんでいる。
その数は十。
「第、十……位階……?」
「なんだ……なんだこれは……」
「神の……おお、神様……!」
「はひっ、ふひはははははっ、はひっ、嘘、ひひっ」
呆然と呟いて、魔法士たちが膝を折る。彼らはもはや呆然と天を仰ぎ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃに顔を濡らしていた。もはや空を崇め出している奴さえもいた。
なんだ?
「逃げっ、……将軍!! いますぐ撤退を!! あれが見えないのですか!? あれは、あれは断じて人の技では――!!」
半狂乱になりながら叫ぶ男――その男が王国の筆頭魔法士であることを彼は知らない――が天に描かれた巨大な魔方陣を指さして、何やら叫んでいるのを横目で見ながら、加藤祐樹は魔法薬を飲み干した。
(何だってんだ? ただ空に魔方陣が浮かんでるだけじゃないか)
この場所に、彼の勘違いを正してくれる人間はいない。
いや、正そうとしたら、彼はすぐにその人間を殺そうとするだろう。彼は上から目線で言われるのが一番嫌いだった。
そして、彼はまた『光の矢』を撃つ準備を始める。今度こそ殺してやると、心の中で呪詛を吐きながら。




