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第8話 言えない言葉

 宿舎までの距離は目と鼻の先。大通りを挟んで少し歩けば冒険者学園に辿り着ける。

 俺は学園の敷地内にある宿舎までやってくると、受付のふくよかな体型のおばさんにギルドカードを見せる。宿舎代として銅貨一枚、千ガルドを払う。


受付のおばさんはギルドカードに刻まれた学園生徒という文字を確認すると代金を受け取った。毎回毎回支払いするのも面倒だし、何日分かまとめて払えないものだろうか。まあお金に余裕が出来たら相談してみてもいいかもしれない。


 二階の自分の部屋へと戻ると装備品を外す。レザー装備は動きやすいが締めつけ感があって正直窮屈だ。防御力は……、まあ何もつけないよりはマシといったところ。レザーアーマーといえば聞こえはいいが、実際守られてる部分は胸部だけで他はがら空きだ。もう少し良い物にすれば良かったかな。


 レザーグローブとレザーブーツの方は以外と使いやすい。ただ安物なので作りは雑であまり持ちそうにはない。


 装備を外し小物入れと、鞘に剣帯のついたままのブロードソードを持ち、一階の受付のおばさんの所へと向かった。


「おばさん、剣の手入れをしたいんだけどこの辺でやってもいい場所ってどこかな?」


 おばさんはカウンターを布巾で綺麗に磨き上げている。そういえばこの宿舎は他の店よりも随分小奇麗だ。毎日おばさんが磨き上げてるからなのかな。


「おや装備の手入れかい?それなら裏手の井戸場を使うといいよ」


「裏手だね。ありがとう」


 宿舎を出て裏手に来ると、そこには教えて貰った井戸場があった。水捌けを考えられた作りなのだろう。井戸を中心に二メートル四方の石造りで、排水できる排水口のようなものもある。ここなら思いっきり手入れができそうだ。今後使わせて貰おう。


 ブロードソードの手入れを行う。先ほど狩った魔物の血で、剣を腐食させないためだ。装備品を長持ちさせるにはなんといっても手入れを怠らないことだろう。


 鞘からブロードソードを引き抜くと生臭い血の香りがする。

 まずは水洗いでしっかりと清める。そしてブロードソードを三振りして水分を飛ばす。そして持ってきていた小物入れから羊毛を取り出した。

 

 この小物入れには羊毛がぱんぱんに詰まっている。服飾店で偶然見つけたので買っておいた。


 使い道は剣の手入れだ。羊毛は適度に油を持っているし何より柔らかい。装備を傷つける心配の無い便利な代物だ。欲を言えば日本刀の手入れに使う打粉が欲しかったが、この世界に存在するとは思えない。

 

 だから昔読んだ刀剣の本に書いてあった西洋剣の手入れ方法で行おうと考えた。

 羊毛をひと掴みし、ブロードソードを丹念に磨き上げていく。本当に羊毛で綺麗になるのか、やってみたことはなかったが以外と綺麗になった。心なしか、買った時よりも刀身が輝いているようにも思える。

 

「よしっ。こんなもんかな」


 美しくなった刀身を見てひとしきり満足した。出来ることならオリーブオイルも手に入れたかったが、見つからなかった。打粉と同じくこの世界に無いのかも。今度武器工房店に行った時に手入れ用の油があるか聞いてみよう。



「あっ、いたいた。ミツバどこに行ってたの?随分探したのよ?」


 声のする方に視線を向けるとそこにはリースがいた。いつもと格好が違う。真っ白なワンピースドレス。その銀髪と相まってより洗練された美しさが漂う。普段の鎧姿よりもずっと女の子らしい格好だ。


 よくよく見るとミイナさんに負けぬ程のスタイルの良さ。スラリと伸びた手足にくびれた腰回り。確かな存在感のある胸。いつもはハーフプレートアーマーで隠れて見えなかったけど、その豊かな双丘は魅力的だ。


「リース、どうかしたの?」


「えっ!?どこか変、かな?」


 リースが慌てふためいて自身のワンピースを確認する。いや、そういう意味じゃなくて何か用なのかなって意味なんだけど。まあいいか。


「全然変じゃないよ。いつもと違っていいね」


「そ、そうかな。ありがと」


 その視線を地面に落とし、リースの頬がみるみる紅く染まる。照れているのだろうか。でもまあ普段の格好よりこっちの方が歳相応でかわいらしい。


「あれ?うしろ……」


 リースのワンピース姿に見とれて気付かなかったが、リースの後ろにピタリと付き沿う白い塊が見えた。


「あっ。そうそう」


 照れていたリースは我に返るとその白い塊をそっと撫でる。

 リースの後ろにはまるで隠れるように、白いローブとフードを被った少女がいた。少女はリースと比べると頭二つ分は小さい。俺と比べると更に頭一つ分程小さいだろう。見るからに幼き少女だ。


「元気になったんだ」


「そうなの。さっ、フィリア。挨拶して」


「……フィリア」


 リースの後ろに隠れ、その袖を掴む。半分顔だけひょこりとこちらを向きながら、フィリアは挨拶してきた。フードを被っているものの、そのフードから零れ落ちる金色の縦巻きの髪と、リースとは違う・・紫玉の大きな瞳。愛くるしい顔立ちだ。

 だが余程警戒されてるのだろうか、少女からの挨拶は小さな声で名前だけの自己紹介だった。


「あ、ミツバ・クサナギ。よろしくね。もう身体の方は大丈夫なの?」


 そう言うとこくり、とだけ頷いてくれた。


「ごめん。ミツバ、フィリアはとても人付き合いが苦手でシャイなの。特に男性にはね。悪い子じゃないから仲良くしてあげてね」 


「ああ、うん。全然大丈夫、気にしてないから。元気になって良かったよ」


 未だにリースの後ろに隠れ顔だけは覗かせながらじいっとこちらをうかがうフィリア。まるで西洋の人形のようで愛らしい。そんな彼女を見る限り、か弱い十歳程の幼女にしか見えない。冒険者の生徒で危険は少ないとはいえ、あんな狼の化物と対峙したりして怖くないのだろうか。少し心配になる。


「ところでミツバ。何やってたの?」


「うん?えっと、ブロードソードの手入れを……」


 あ、やばい。そう言えばリースからも街の外に出る時は、絶対に一人で出ないように散々注意されてたっけ。間違いなく黙っておいたほうがいいな。ここはどうにかしてごまかさないと。

 

「手入れ?手入れも何も買ったばかりなのにする必要なんて無いでしょ?」


「いやその、まあそうなんだけど。ちょっとね」


「ふーん。そういえば、ずーっと朝から姿が見えないから探してたけど、どこに行ってたの?」


 半眼に目を細めジトリとした碧眼の瞳。リースが明らかに疑いの眼差しを俺に向けてくる。凛としたその大きな瞳から発せられる威圧プレッシャーに圧し潰されそうになる。


「えっ、いや、そのまあ、なんと言いますか……」


「まさか一人で街の外に行ってたなんてことは無いわよね?」

 

 身体がぴくりと無意識に震え、反応した。

 す、するどい。そのまさかで今までずっと外を探索して、挙句の果てにゴブリンとオークの魔物の群れと一戦交えましたなんて言えない。とても言える雰囲気じゃない。


 あはは、と愛想笑いで有耶無耶うやむやにする。だが視線の先に映るリースの様子が少しおかしい。


「……あれだけ、あれだけ一人で行くなっていったのに……」


「えっ?」


 ぼそぼそと小さい声でよく聞き取れない。だが声のトーンはいつもよりずっと低いことはわかった。それにリースから伝わってくる空気が何やら不穏なものだ。わなわなとその肩を震わせている。あのちょっと、リースさん?


「ミツバ。ちょっとそこに直りなさい」 


「は、はい!!」


 俺は直ぐ様その場で正座した。そんな俺を腕組みをしながら、見つめてくるリース。その凛とした美しい瞳は完全に光を失い、据わってる。明らかに背後からめらめらと怒気が混じっていて怖い。すそを握るフィリアも若干怖がってますよ?

 

「わたし言わなかったっけ?町の外は危ないから一人では絶対に行くなって」


「いえ、言いました。はっきり言いました」


「へぇ、じゃあわたしの勘違いじゃないんだ。よかったー。わたしの言い忘れじゃなかったんだ。それなのにミツバはわたしの忠告を無視して、街の外に一人で行ったの?」


 ぐっ……。その通りです。でも仕方ないじゃないですか。

 俺はこの世界に来たばかりだし誰か仲間がいる訳でもないし、事情が事情だから誰かと仲良くしてぼろが出る事も避けたい。街の外だってどうなっているのか実際に見ないとわからない事だらけだ。


 だけども、ここは忠告を聞かなかった俺が悪いな。ちゃんと謝ろう。


「ごめんなさい。つい……」


「まだ教えてないことだってたくさんあるのに。もし危険な場所に迷い込んだりしたらどうするの?」


「……たしかに、そのとおりだね」


 それは、ごもっともです。一応危なくない範囲で探索するつもりだったが、魔物の群れに当たるとは思っていなかった。勝てたのはいいが、間違いなく危険な行為だ。


「ちゃんと反省してる?」


「はい。ごめんなさい」


 自分より年下であろう少女に折檻されるとは思わなかった。でも自分が悪いのだ。


「じゃあ、もういいわ。怪我もしてないようだし、ほんと無事で良かったわ」

 

 どうやら許してくれるみたいだ。心が安堵あんどする。リースを見上げると据わってた瞳からいつもの涼しげで凛とした瞳に戻っていた。考えてみればリースも俺のことを心配して怒ってくれてるわけだし、申し訳ないことをしたな。


「……それにわたしだって人のこと、言えないし」


 ぽつりと聞き取れないほど小さい声がリースから漏れる。


「えっ、なに?どうかした?}


「ううん、別に。何でもない!ほら立って、いつまで座ってるの?」


「あ、ああ。うん」


 リースが先程とは、うって変わり微笑みながら右手を差し出してくる。

 左手でその長い銀髪を耳にかき上げながら。その優しい微笑みはひどく魅力的でドキリとした。

 

 差し出してきた手を取り立ち上がる。暖かくて、綺麗な手だ。でも握ってわかる。剣を振っている手だ。日々の鍛錬を怠っていないのだろう。剣だこがその手の平の中にあった。


「よし。じゃあちょっと早いけどご飯でも食べに行かない?まだ色々話したいし」


「うん。俺は全然構わないよ」


 そういえば昼食も取っていなかったし、お腹も空いてきた。だが前ほどの飢餓のような空腹感は無い。やはりあの暴喰の王というやつのおかげなのだろうか。


「……フィリアも、行く」


 相変わらずリースの裾を引っ張り、べったりとくっついているフィリアだが一緒に来てくれるらしい。もしかすると嫌われてるのかと思ったけど、どうやらそんなことは無いみたいだ。良かった。


「えっ?フィリアも一緒に来てくれるの?」


 リースの問いにフィリアはコクリとだけ頷く。リースがその瞳をぱちくりさせ、驚いた顔をしているがどうかしたのだろうか?

 だがそれもすぐに満面の笑みとなる。なんだか嬉しそうだ。


「よーしっ。じゃあ今日は美味しい物いっぱい食べるぞー!ミツバの冒険者学園入学のお祝いも兼ねてね」


「そういえば俺そんなことになっていたっけ?」


「当たり前よ。ミツバは絶対にわたしとフィリアのパーティに入って貰うからね」


 どうやら俺の学園生活は一人ぼっちでは無いみたいだが、それはそれで困る部分がある。うっかり口を滑らせたり、ぼろが出ないようにしないとな。


 俺はブロードソードを腰に剣帯で下げ、小物入れを背後のベルトに固定すると、ご機嫌なリースとべったりなフィリアと共に食事に向かうことになった。

 



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