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第7話 喰らう者

 そこは王都グラードの城壁から南東、直線距離でおよそ三キロ程離れた場所。


 小さな水辺は溜め池ほどの大きさ。所々に草木がぽつり、ぽつりと生え、普段は鳥たちや動物たちが喉を潤す美しき園。それらの動物たちにとってみればそこは命をつなぐ楽園、オアシスのように感じるだろう。


 だが今日に限ってはその楽園は凄惨を極めていた。


 普段の美しいさえずり声を放つ鳥たちの代わりに、三十体にも及ぶ醜い魔物の溢れる血で、オアシスの水は穢され、死臭を放っている。周りには当然のことながら生き物の気配すらしない。


 そんな戦場さながらのひと枠を切り取ったかのような、地獄絵図の中に一人の青年が呼吸を荒くして立ちすくむ。


「……うっ、気持ち悪い」


 頭がくらくらしてくる。


 小さい頃、父に人体が斬られたらどういう風になるか。斬るときに刃筋をたてるとどうなるか、といった資料を見せられたことはあった。


 初めてみたときは頭を鈍器で殴られたような衝撃を受け、当然ながら吐いてしまった。その日はもちろん寝込み食事などとれたものじゃない。一種のトラウマだ。


 普通子供にあんなもの見せるか?


 体育会系とはいえよくよく考えればあの人ひどい父親だな。めちゃくちゃ厳しいし、まあ今さらだけど。


 ただあの日、後にも先にも母があの威厳に満ちた父親を正座させて、怒鳴っていたのを見たのはあれのみだった。ちょっとだけ笑えた。


 まあそんなこともあったが今では俺も立派に成長した。あのトラウマも克服し、グロ耐性はそこそこ身についたし、高い方だと思っていたが、さすがに本物の三十体もの切り裂かれた魔物の死体はきつかった。


 辺りを漂う血の匂い、色々と欠損している死体、さすがに生で見ると胸の辺りから湧き上がるものを抑えるのがきつい。まあ彼らの中身がぶちまけられていないだけましなのだろうが。


 しかしやるべきことがまだある。水筒の水を少しだけ口に含みこみ上げる吐き気を抑える様に飲み下す。


 一息ついて。


 俺はベルトの小さいポーチから刃渡り十五センチほどのナイフを出すと、横たわるゴブリンに近寄っていく。リースから教えてもらった魔石の回収だ。


 冒険者は魔物を倒したら魔石を回収し、それを買い取ってもらうことでも収入を得られるそうだ。魔石は様々な加工がなされ、家の明かり等に使われているらしい。


 他にも素材となる爪や牙、皮や鱗なども収入源としておいしい。魔物の素材は多様で特殊な性質と、濃密な魔素まそが強固に結びついた複合体で、強い装備品を作るにはこれらの素材が必要不可欠になるのだ。


 多くの魔物の場合、魔石は額に埋まっており、その魔石を骨が同化し支えている。ゴブリンの額を見るとうっすらだが盛り上がっているところがある。よくよく目を凝らさないとわからないレベルではあるが、おそらくここだろう。


 額の皮膚を切り裂くと灰色の魔石が姿を現した。形はダイヤのマークのような物で、大きさは三センチ程度だ。だいぶ小さいが貴重な収入源だ。冒険者をやっていくなら回収にもなれておきたい。


 手持ちのナイフを逆手に持ち額から魔石を取る。魔石は意外とすぐに骨から剥がれた。比較的容易に魔石が取れるおかげで回収作業はどんどん捗る。ゴブリン共の魔石の回収を終え、最後のオークの魔石を手に取る。

 そしてそのオークの魔石三つをを左手で持ち上げた瞬間、頭の中に響くあの感覚。



―魔石の存在確認、捕喰活動開始―


―『暴喰の王』発現―


「あつっ!」


 魔石を持つ手の甲にとてつもない灼けるような熱さを感じる。

 魔石を握りしめた自分の手の甲を急いで見る。何が起きたのかさっぱりだが、手の甲を見ると何やら変な模様が浮かび上がってきている。すらすらとまるで何かを描くように。


 やがて左手の甲には紋章のように六芒星ろくぼうせいがくっきりと浮かび上がり、その六芒星を見たことのない文字が丸く円になるように囲んでいく。


「……またか。何なんだこれ?」


 俺はそれを右手でごしごしと消えないか、擦ってみる。しかし全然消えない、まるでタトゥーのように刻みつけられている。


 ……まてまて、ふざけるな。こんななんとか病全開のようなものが、あの父に見つかったら大目玉を食らうどころじゃない!


 うちの父は古来からの伝統や風習を大切にするカタブツだ。普段着が着物だ。墨など体に入っているものなら、問答無用でこの手ごと斬り飛ばされ、家の汚点になるってことで追放処分。勘当される。いや最悪、死だ。


 焦ったように何度も何度も、消そうと手の甲を擦る。


 するとその紋章のように刻まれた六芒星は赤く光輝く。そこで不意に何やら奇妙な違和感に襲われた。左手に握りしめていたはずの三つの魔石が無くなっていく感覚。


 慌てて左手の魔石を確認してみる。すると魔石は赤い光を纏いながら、自身の手のひらの中に吸収されるかの如くずぶずぶと飲み込まれていった。


 ただ己の左手を眺めながら呆然とする。ただそれしか出来なかった。


「俺の体、本当にどうなってしまったんだ……」


 余りの出来事にショックで呟く。だが俺を驚かせる出来事はそれだけではなかった。不意に魔石を飲み込んだ左手から、力が急激にみなぎり、腕を伝いやがて全身へと廻った。それと同時にあの満たされなかった空腹感が一気に満たされていく。



―美味い。


 実際に味覚で感じた訳では無い。訳では無いのだが、体の全細胞が歓喜している程に左手から取り込んだ魔石は美味かったのだ。大好きだった寿司よりも、焼肉よりも、何よりも。


 全身に漲るエネルギーと空腹感が満たされたことも相まって、俺はこの世界に来て初めて感じる幸福感に身を委ねる。その後ひとしきり満足したところで冷静になって考えてみる。


 あの頭の中に響き渡った『暴喰の王』っていうやつのせいだろうが、魔石を捕食とか言ってたな。つまり俺の体はそういう能力があって魔石を取り込むことで空腹を満たせる?そういうことなのだろうか。


 よく小説とかで異世界に来た者は何かしら特別な能力を有する、みたいな設定は読んだことがあるが実際に自分が経験するとは変な感じだ。しかし何だってこんな能力になってしまったのかさっぱりだが。



 『暴虐の義眼』に『暴喰の王』


 今までに頭の中で響いたものだ。なんとか病全開で恥ずかしいのだが、特殊な能力と見て間違いないと思う。発動する条件は全く不明だけど。


 物は試しにと先ほど集めたゴブリンの魔石を掴めるだけ掴み、左手に握りしめてみる。が、左手の紋章は何も反応することはなかった。結局左手の紋章は消えず、黒く染まり落ち着いている。


 色々見て回るつもりだったが三十体以上も魔物を狩ったし、とりあえず動けることは確認できた。まだ全然疲れてはいない。むしろ『暴喰の王』のおかげで絶好調といって良いが無理は止めておこう。そういう訳で魔石を剥ぎ取った魔物の死体を集め、火打石で火をつけ焼き払い、グラードに帰還することにした。



 グラード城壁の南門に着くと朝言葉を交わした門番の兵士に声を掛けられる。


「よう兄ちゃん、帰ってきたか。さっき南東で煙が上がっているようだったが何か知らないか?」


「あ、それなら俺が魔物の群れを狩ったから、その死体を焼き払ったんだけど……」


 そう言うと門番は鼻で笑った。


「フッ、兄ちゃん面白いこと言うな。最下位クラスで、ましてや冒険者学園の生徒が魔物の群れを狩る?しかもたった一人で?」


「まあ、そうだけど」


 全く変化のない表情で大真面目に答える俺に門番の兵士二人は互いの顔を見合わせ、そして一斉に噴き出した。


「ハハッ。兄ちゃん演技がうまいのはいいが、門番の兵士を揶揄からかうもんじゃねえよ。まったく最近の学園の生徒も質が落ちたもんだな。もういいから通んな」 


 別段揶揄ってもいないし、何がそんなにおかしいのかさっぱりだったが、反論する気にもなれず、そそくさと開けられた門を通って王都グラードに帰ってきた。


 時刻は太陽の昇り具合から見て昼過ぎといったところだろう。


 今まで何をしても得られなかった満腹感が魔石を吸収したことで得られた今、俺はすこぶる機嫌良く冒険者ギルドへとやってきた。


冒険者ギルドにやってきた目的はもちろん魔石の換金だ。この世界で初の狩りの報酬に少し高揚する。


いや実際には二度目になるかもしれないが、あの大狼はノーカウントだろう。多分冒険者ギルドカードにも討伐した記録は乗ってないだろうし。俺は少し早くなる自身の鼓動を感じながら、冒険者ギルドの扉を開いた。



ギルドホールが視界に入る。同時に違和感に気付く。広いホールには何組かのパーティーがいたが、その視線は羨望の色を混じらせ、一人の男に注がれている。


ホール全ての視線を集めるその男は、茶色の髪を全て後ろへと流す。顔には幾つかの傷と鋭い目。

 黒い外套がいとうで身を包むが、その屈強で大きな身体は外套の上からでも見て取れる。何よりもその背に差す極大な剣が特徴的で、他の冒険者とはかもし出す雰囲気の桁が違う。


その極大な剣の男はギルド職員と何やら窓口で話している。だがその口数は多くない。一言、二言短い言葉を返す。返事程度の物だろう。


最後に軽く頷くと職員と別れ、こちらへと向かってくる。男と視線が交差する。まさにすれ違う刹那、低い声がした。


「その眼……」


「えっ?」


突如として不意に掛けられた声に驚いて、言葉がついて出た。


「……いや、何でもない」


 そう言うと男はそのまま冒険者ギルドの出口から出て行った。去り際の最後に、ちらりとこちらを気にして。


「おい、さっきのあれって六英雄の……」


「あぁ。間違いねえ。六英雄の一人、ゼルキス・グレインだぞ。神魔の塔から戻ってきてたんだな」


「あれが六英雄……。バケモンみたいな大剣持ってたぞ。あんなもん扱えるのか?」


「当たり前だろ。一騎当千の冒険者だぞ。一人で千体の魔物と闘い抜いたグラハムの丘の伝説くらい知ってるだろ?お前程度なら二秒であの世行きだ」


「すげー威圧感。あんなの怖すぎて近づきたくもねえよ」


 男がいた時の萎縮した密々(ひそひそ)声から、うって変わりあちらこちらから男の噂話が聞こえてくる。

 耳を澄ませるまでもない。その多くからは六英雄という言葉が大半だ。六英雄、昨日リースも言ってたような……。


 確かにあの男の身に纏う威圧感は凄かった。


 歴戦の傷跡からして百戦錬磨という印象だし、なんといってもあの極大の剣。とても人が扱えるような代物には見えない。二メートルはあったと思う。さすがは六英雄、よくわかってないけど凄く強いことはわかる。あの空気感は強者が持つソレ・・だ。俺の父のように。


 それに俺になにか言いたそうでもあったけど何だったのだろう?


「次の方どうぞー」


 女性のギルド職員の声でハッとを我に返る。そうだ、魔石の換金だった。


「すみません。魔石の換金をお願いしたいのですが」


 カウンターに座る女性職員に尋ねる。


「はい、大丈夫ですよ。こちらの箱にお願いしますね」


 カウンターに白塗りの木箱のような物が出された。よくよく見ると宝石のような青い石が埋め込まれている。


「わかりました」


 俺は小さめの袋を取り出す。その袋の中に仕舞っていた魔石をその木箱の中に入れた。

 するとその白塗りの木箱に埋め込まれた青い石がほんのり光っている。ギルド職員のお姉さんはその箱に手をかざしているだけだ。


「えっと全部で二十五個ですね。属性は……、無属性。すべてゴブリン種ゴブリンのものですね」


「すごいですね。触れなくてもわかるんですか?」


「ええ。全てこの箱が教えてくれますから。もしかして魔石の換金は初めてですか?」


「多分、そうですかね。記憶が無いもんで」


 当然記憶はあるが、一応記憶喪失というていで通している。お姉さんには騙すようで少し心苦しいけど。


「まあ。それは失礼しました。では説明しますね」


「すみません。お願いします」

 

 女性職員はそう言うと魔石の換金について教えてくれた。


「魔石の値段は大きさや含有魔素がんゆうまそ、属性、そして種属によって大まかに分類されます。一般的には魔石が大きければ大きいほど、含有魔素が濃ければ濃いほど高値がつきます。さらに何かしらの属性が付けば、これもまた高値となります。無属性より属性持ちの魔石のほうが価値が高いのです」


「なるほど」


「はい。そして種属ですが強い種属ほどより良い魔石を持つ傾向にあります。例えば今お持ち頂いたゴブリン種の魔石とオーガ種の魔石では、圧倒的にオーガ種の方がより良い魔石を持っています。より良いというのは、先程申し上げた大きさ、含有魔素の濃さ、属性といったものですね」


 要するに値段は大きさと含有魔素と属性によって決まり、種属はあくまでも良い魔石を持つ指標のようなものということか。オークから取れた魔石もあったけどあれは俺の左手が飲み込んでしまったし、持ち込んだらゴブリンよりは良い魔石だったのだろうか。少し惜しいことしたかな。


「鑑定は私達ギルド職員が鑑定スキルとこの神秘の箱を用いて行っています。この箱を使うことによって含有魔素の濃度に魔石を持つ種属も鑑定することができるのでご安心下さい」


 鑑定スキルに神秘の箱。またしても聞いたことの無い不思議な物が……。

 お姉さんが魔石の入った神秘の箱に手をかざしていたけど、あれで鑑定スキルというものを使っていたのだろう。


「ここまでの説明で解らないことはございますか?」


「えーっと、多分大丈夫……、です」


 鑑定スキルと神秘の箱についてもう少し情報が欲しかったが、先程から徐々に人が列を作り始めているし、後ろの人達に迷惑は掛けたくない。そう思っていたら思わず言葉がついて出てしまった。 


「ありがとうございます。では魔石の換金に入らせてもらいますね」


「はい。お願いします」 


「えっと、魔石二十五個全部で六千五百ガルドになります。大きさも含有魔素もほぼ変わりませんし、無属性ですのでこの値段です。よろしいでしょうか?」


「大丈夫です」


 実際高いのか安いのかよく解らなかったが、冒険者達はみんなギルドで魔石の換金をお願いしている。そこまで安く買い叩かれるということは無いだろうしお願いした。


「ありがとうございます。ではこちらになります」


お姉さんが鉄製のトレイを差し出してきた。

 そのトレイには銅貨六枚に青銅貨五枚が乗っている。それらを受け取ると小さい袋に納めた。


 これで所持金は二万六千五百ガルド。


 レザー装備一式と生活用品に、六千ガルドつぎ込んでいたのでその分を補填できたといったところだ。単純計算で宿舎代二十六日分だ。だが到底贅沢の出来るような稼ぎじゃない。思わぬ出費だってかかって来るかもしれない。出来る限り節約していきたい。


 その小さい袋をしまうと冒険者ギルドを後にし、学園の宿舎へ向かうことにした。

 



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