表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/13

第5話 冒険の準備

「これはどう?ミツバ」


 にこにこと何気に楽しそうなリースが質のいい大振りのロングソードを渡してくる。やはり女性はこんな買い物でも楽しいものなのだろうか?


 あれからリースと二人で街の武器工房へとやってきた。

 武器工房はこの王都には数十店舗もあるらしく、互いにそのしのぎを削っている。まあ王都自体が巨大な都市な上に、冒険者の数も多いから消費も消耗も激しく、武器工房は幾つあっても足りないらしい。


 その工房の中でも安い物を一番多く売っている、駆け出し冒険者御用達の武器工房を選んだ。


 所持金は銀貨四枚に銅貨五枚だ。リースに武器工房に来る前に確認して貰うと、四万五千ガルドだと言われた。『ガルド』というのがこの世界の通貨の名称だそうだ。


 金貨は一枚十万ガルド。銀貨は一枚一万ガルド。銅貨は一枚千ガルド。青銅貨は一枚百ガルド。黄銅貨は十ガルドらしい。


 白金貨という一枚百万ガルドもする硬貨も存在してるらしいが王族や貴族、大商人が扱うようなものでお目にかかるのは滅多にない。

 他にも石貨という一枚一ガルドのものもあるが偽造が容易なため、取り扱わない商店も多く、信用度が低いため徐々に廃れてきているらしい。流通量は銀貨と銅貨、青銅貨が群を抜いているそうだ。


 リースから渡されたロングソードを手に取って感触を確かめるように構えてみる。しっかりとした刀身で一切の曇りなく、よく斬れそうだ。

 握りはしっくりくる、が大分軽く感じられる。多少重いほうが自身の筋力とバランスとれて好みだ。値段を確認してみると三万ガルド。明らかに予算オーバーだ。


「出来ればもっと安くて重い剣が、いいかなと」


「まだ重い剣なの?それロングソードで一番大きいやつだよ?」


 信じられないと謂わんばかりの顔をして、リースは新たに特化品の篭を漁る。


「お、重い……。これとか重いけど、質がちょっと」


 リースが特価品の篭から両手で重そうに手に取った剣は少し、くすんだ色の大振りな幅広い刀身。ブロードソードだった。長さは悠に一メートルを超えている。ブロードソードの中では一番長い部類だ。


 リースから渡され手にとってみる。握りは先ほどのロングソードよりは劣るが、重さ的には丁度よかった。剣を正眼に構え一度振ってみる。ブンッという音が大気を切り裂く。


「……うん。いい感じだ」


 一振りしてすぐに気に入った。値段を確認してみると一万五千ガルド。これからのことを考えると少々予算オーバーだが充分手が届く。


「それにしてもそんな剣良く振れるね。大男でもなきゃ振れそうにないのに。ミツバ筋肉質だけど、細身だから」


 余程重かったのか、リースが手をぷらぷらさせて信じられないという顔をしている。俺自身、身長は決して低くはないが、それ程高くもない。毎日道場での剣術は欠かさなかったので、その体つきは筋肉で無駄なく引き締まっているが、それでもこの世界では細身の分類に入るだろう。


「ま、まあ力には少し自信があるんだ」


「でしょうね。それで力に自信が無いって言われたら馬鹿にされてると思っちゃうわ」


 確かに元から力には自信があった。

 剣術の修行で鉛入りの特注木刀を素振りで使ってたし、筋肉は鍛えてたほうだ。だがこの世界で目覚めた時から、明らかに自身の筋力が抜けて上がっている気がする。

 いや、間違いなく上がっている。この重厚なブロードソードですら軽く振り抜けるほどに。


「俺、これにするよ」


「えっ、それでいいの?でもそれ質があまり……」


 俺の言葉にちょっと不満気なリースが顔を顰める。


「まあミツバがそれでいいならいいけど。もっとかっこいい剣の方が様になるのに」


 僅かに頬を膨らませ、ぶつぶつと何やら言っているリースを尻目にカウンターの店員の元へと持っていく。

 

「ありがとうございます。こちらのブロードソードですと、通常の剣帯より頑丈なものをお勧めしますがいかがですか?」


 そういうと黒い革製の剣帯を選んでくれた。リースに確認して貰うとこっちはお眼鏡にかなったのか、うんと頷いてくれた。

 剣帯代も込みで二万ガルドだったが、リースが交渉してくれて二千ガルドまけて貰えた。それから店員さんに剣帯を付けてもらい腰にブロードソードを下げる。


 日本刀なら何度も腰に差したことはあるが、剣は初めてだったので、そのずしりとくる重さがなんだか心地よく嬉しかった。まるで新しいおもちゃを手にした子供のようだなと内心自分を笑った。


 ミツバ―。

 武器工房を出て防具工房に行く道すがらリースが口を開く。


「ミツバって、すごく強いよね。あのヘルハウンドロード亜種にトドメを刺したあの動き、どうやったの?目で追えないくらい速くて驚いた」


 唐突な質問に少し固まってしまった。あれは『暴虐の義眼』とかいうやつのおかげみたいだし、どう答えていいのか迷った。もしあのスキルが異世界人特有のスキルみたいなものだったらばれる危険性を含んでいる。

 考えすぎかもしれないがあらゆる可能性を想定しておいて損はない。


「ま、まあ無我夢中だったからホントまぐれみたいなものだよ。あの時は何が何でもリース達を助けなきゃと思ってたし」


「まぐれ、か。あの動きが?まあそう言うのなら深く追求しないけど……」


 リースはじいっ、と完全に疑いの眼差しを向けてくる。やはりまぐれで通すには無理があったかな。しかしリースも俺がちょっと嫌がってるの察してひいてくれたみたいだし、それで納得して貰っておこう。


「そ、それよりもリース、街のこと教えてよ。ご飯のおいしい店とかさ」


 無理矢理話題を逸らしこの国のことについてとめどない会話を続けていく。そんな話をしているとやがて防具工房へとついた。


「あれ?なんだ?人がすごいな」


 防具工房を見ると店にはなにやら人だかりができており、冒険者やら買い物客が押し寄せていた。


「うわあ……」


 あの中に入るのは気が進まない。あのごみごみとした圧迫感、ミツバは何よりも人混みが大嫌いだ。


 工房の前には黒板と白いチョークで書いたような木枠の自立式の小さな看板が立っている。初めて見る見慣れない文字だったが、この黄金色の瞳で捉えた瞬間、まるで日本語に変換されたように読めてしまう。


「ミツバ!今日は在庫処分の大安売りをしているわよ!」


 黒板の看板を読んでいたリースが俺の腕をつかんでくる。


「え、ちょっと!?あの中入っていくつもり!?また今度にしよう!」


「何言ってるの?こんなチャンス滅多にないの。幸運よっ!」


 目を爛々と輝かせ、抵抗する俺をお構い無しとずるずると引きずっていく。


「い、いやだああぁぁぁ……!」


 悲痛な俺の声に耳を貸すことなく、リースはがっちり腕をつかみ人混みの中に颯爽と突っ込んでいった―。



 あれから三時間後、げんなりとした面持ちで俺はあの宿舎へと戻ってきた。

 肩には縦長でパンパンに詰まった大きな麻袋を担いでいる。中には購入した防具一式に着替えの服、下着、タオル、冒険に必要な小物類が入っている。


 カウンターで店員のおばさんにギルドカードを見せ、宿泊料を払う。冒険者学園の宿舎といえども無料では無い。一泊銅貨一枚で千ガルドだ。朝昼晩の食事付きで浴場も使える。普通の宿屋だと三倍はするとリースが言ってた。


 リースといえば買い物に付き合ってもらった後は、自宅に戻るということで別れた。どうやら自宅がある者は自宅から冒険者学園に通っているらしい。


「はあー。疲れた……」


 部屋のベッドに倒れ込む。色んなことがありすぎて頭の中が整理しきれない。しかし何か考える気にまったくなれず頭を空にして倒れこんだまま、ぼっーとベットに身を任せる。


 小一時間ほどたっただろうか。



 またしてもあの飢餓のような空腹が襲ってくる。外を見るとちょうど日が落ち始めている。少し早いが空腹が我慢できずに食堂に向かうことにした。

 

 食堂につくと他にも冒険者学園の生徒達が既に食事を摂っている。えらく上機嫌だ。絡まれたら面倒くさそうなので距離を取り離れた場所に座る。


 俺は店員におすすめを聞いてそれにすることにした。そういえば言語は自然に通じてるけど、どうしてなのだろう。文字も見れば変換されて解かってしまうし。これも眼のせいなのか、疑問に思いつつも食事を待つ。


 先に届いた紅茶のようなもので喉を潤す。


 うーん。いまいち、というか美味しくない。味は紅茶に似ているが薄い。その割に苦味が強いように感じる。多分お茶の一種なんだろうけどこれなら水のほうがましかもしれない。


 しばらくしておすすめのバファロン牛大盛り定食が運ばれてくる。厚さ五センチはある巨大なステーキ二枚にポテトとサラダつきだ。確実に二キロ以上はある。

 

どうもこの世界は食べ物の量がすごい。まあ冒険者が多いからそれだけスタミナが付く食べ物が喜ばれるのだろう。


 さっそくステーキをフォークとナイフで口に運んでいく。随分と固い。味はまあ普通という感じだが独特の臭みが気になる。総合的にはあまりおいしいものではないな。朝食べた定食は夢中だったから味なんて気にしてなかったが、こうやって味わってみるとよくわかる。


 舌の肥えた日本人がこれを食べたら間違いなくまずいといいそうだ。しかしこの耐えがたい空腹を満たすため胃袋に詰め込んでいく。


 一人でカウンターの席に座り、もくもくと食事を摂る黒髪の青年。ちらほらと向けられる学園の生徒達の視線に混じり、幾つかの声が聞こえてくる。


「おい、あれって噂の……」


 にわかにざわつく食堂。小声で話しているつもりなのだろうが、俺の耳には全て届いていた。大半は運が良かっただけだの、実は弱いらしいだのといった否定的なものばかりだ。あの演武を見た者が噂を広めたのだろう。


 まあ実際、俺自身『暴虐の義眼』というものがなければ勝てたとは思わないし、俺にとってそういった誹謗中傷ひぼうちゅうしょうはあまり気にはならなかった。だが注目を集めて目立つのは得策ではない。早々に食事を終えて部屋へと戻った。 


 部屋へと戻り、やれやれと一息つく。質素な椅子に腰を掛け、身体を弛緩しかんさせる。


 やはりあれだけの食事を終えても、空腹感はぬぐえなかった。胃は落ち着きを取戻し、お腹はならないがあきらかに満たされない。さすがに何かおかしい―。


 元の世界にいたときは割と小食だった。

 それが今では二キロ以上の食事をペロっと食べきっても満たされぬ。これは異常すぎる。なぜなんだ?この世界に来た副作用とか?考えても考えてもその答えはでなかった。


 結局答えの出ない思考を止め、浴場で水を貯めた木製のバケツを吊り下げたような簡易式のシャワーで汗を流し、明日の計画を入念に練りながら早く眠ることにした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ