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第4話 ギルドカード

「さあ着いたぞ。ここが練兵場だ」


 ご機嫌な様子のミイナさんが目を輝かせ腰に手を当て、俺のほうを向きながら言ってきた。なんでそんなにテンションが高いのかわからないのだが。


 第一印象はできるクールな大人の女といった感じだったがそれは勘違いなのかもしれない。そんなことを思いながらも案内された練兵場を見渡す。


 冒険者学園練兵場―。


 そこは冒険者学園の敷地内に存在し、冒険者が模擬戦闘や魔法の練習を行えるように作られた。広さはかなりのもので冒険者ギルドの建物数個分はある。なんとなくだが学校のグラウンドを思い起こさせるが、広さは数倍近い。魔法の練習もできるように、広大な土地を有している。


 この練兵場は学園の私有地にあるが、冒険者も学園の生徒も使うことが許されている。元々冒険者ギルドは、こことは別に冒険者ギルド専用の練兵場を隣に併設していたが、幾つかの理由で練兵場は一つにする運びとなった。


 一つはギルドに持ち込まれる魔物の素材の保管場所が手狭になった為、併設されていたギルド練兵場を潰して新たな保管倉庫を作るためだ。元より練兵場の設備の老朽化ろうきゅうかも進んでおり、時期もちょうど良かった。


 もう一つは学園の敷地内に大きな練兵場を置くことで、訓練へとやって来る先輩冒険者達の姿をより間近で観察し、様々なことを学び取って貰うためだ。先達である冒険者から学べるものは計り知れない程多い。

 

 

その練兵場の隅にはいくつかの案山子かかしが立っていた。恐らく学園の生徒であろう若い十代半ばも無さそうな子供たちが、同じ制服を着込み木剣で打ち込み稽古に励んでいる。その子供たちを指導している学園専属の教官は大声で子供達をまくし立てている。 


 他にも新人の冒険者達だろうか。質素でいかにも駆け出しという装備を身に着け、真剣で実戦さながらの模擬戦闘を行っていた。


「それじゃミツバ始めるぞ」


 練兵場を一周したところで唐突に放たれたミイナさんの言葉が理解できなかった。


「始めるって何を?」


「当然模擬戦だ。当たり前だろ。相手は私がやる、その力見せてもらう」


 いや聞いてない。模擬戦やるなんて一切聞いてない。

 と、模擬戦あがりで座り込みだらりと休憩していた周りの冒険者たちが、ミイナさんに視線を向けてくる。そしてひそひそと言葉を交わしている。


 どうやらミイナさんが相手をするということで何やらざわついてるみたいだ。聞こえてくる冒険者達のひそひそ声に耳を傾けると、相手をしてもらえることが特別なことらしい。

 

 俺にとっては冗談ではない。ここで下手に目立つのはまずい。まだ何もわかっていないことばかりなのに、ここで変な噂が立つことは絶対に避けたい。


「学園長!模擬戦は無理だ。まだミツバも病み上がりなのに」


 咄嗟にリースが間に入ってくる。よくぞ言ってくれた。それに続けとばかりに言葉を発する。

 

「ミイナさん。おれまだあばらが痛くてまともに動けないんです。模擬戦は勘弁してもらえませんか?」


 実際違和感はある。まあたいしたものではないが。 

 するとミイナさんの目が厳しく俺を睨む。一瞬背筋にぞくっとした悪寒が走った。


「……そうか。お前がそう言うのならそうなんだろうな」


 なんだろう。不思議な感じがする。この人何か独特の……。その思考を遮るようにミイナさんが言葉を続ける。


「だが戦闘は無理でも技の一つでも見せてもらわないと私は納得できんな。それで勘弁してやる」


 そういってミイナさんは自分の腰に下がっている、いかにも業物そうな剣を抜き、渡してくる。


「技……、ですか」


 瞬時に頭の中に父から教わった数々の古流剣術の技が浮かんだのだがやめた。

 そもそもあれらの技は抜刀術からの派生技が多く、片刃の日本刀であるからできるのであって両刃の剣でやるには難しい。できないことはないだろうが勝手が違いすぎる。


 いろいろ考えた末、型を取り入れた演武にしようと決めた。

 それから少し先の開けた場所で俺は剣の感触を確かめるように構える。視線の先にはミイナさんやリース、それに野次馬の冒険者に学園の生徒がちらほらと見ている。


 剣を正眼せいがんで構え、目を閉じ大きく一息つく。


 そして古流剣術の基本の動作を取り入れながら剣を振るっていく。唐竹からたけ袈裟けさ斬り、ぎ払い、逆袈裟ぎゃくけさ斬り、切り上げ、逆風さかかぜ、刺突、基本である斬撃を混ぜながら舞う。

 

 しかし日本刀とは勝手の違う剣の感触、バランスが崩れる。平気だと思っていたが体も重く、脇腹も呼吸が荒くなるにつれだんだん痛んできた。誰がどう見ても不格好な演武になってしまい、最後にはつまづいて片膝をついてしまった。


「いってぇ……」


 脇腹を手で抑えてさする。


「ミツバ!大丈夫!?」


 リースが大きな声をあげ、一目散に慌てて駆け寄ってくる。

 それとほぼ同時に、周りの冒険者達と生徒が見下しながらくすくすと笑っている。


「なんだよ。あの化け狼を倒したらしいけど、全然たいしたことないんだな」


「大方弱りきっているところで運よくとどめさせたんだろうぜ。ははっ」 

  

「ミイナが直々に剣の相手をするというから、どんな大物かと思えばとんだ期待はずれだったな」


 リースが膝をつく俺に手を貸しつつ、キッと野次馬を睨みつける。そんなリースの視線を意に返さず、興味を失ったと云わんばかりにぞろぞろと練兵場を去っていく。口々に明らかな罵倒の言葉を並べて。


「何も知らないくせに……!」


 いつもの美しい凛とした表情からは考えられないほど悔しそうな、怒りに満ちた顔をしている。俺の為にそこまで怒ってくれているのだろうか。


「ふむ、まあいいだろう。リースも気にするな。そろそろあっちも出来てる頃だし戻るとするか」


 ミイナさんは考え事をしているかのように片手を顎に添え、もう片手で腕を組んでいる。ミイナさんには俺の剣はどう写ったのだろうか?無様な演武になってしまったけど、別段責められるような口ぶりではなかった。


 俺はゆっくりと立ち上がると、剣をミイナさんへと返しリースと共に練兵場を後にした。



 ミイナさんに付き添ってギルド窓口に行くと既に身分証が発行されていた。練兵場に行く前に話して頼んでおいてくれたみたいだ。


 身分証は少し大きめなカードサイズ。材質は焦げ茶色の皮製。表面には大きな片翼の翼が描かれており、ひと目で冒険者ギルドのものだとわかる。

 左下には小さな赤い石が埋め込まれていた。右上には何やら紐を通すような穴が開いており、カードの一番下の部分には留め具の様なものがついている。


 身分証については窓口のお姉さんが丁寧に説明してくれた。


 身分証は冒険者ギルドカードと呼ばれもので、二つ折りになっている。カードの下部の留め具を外し、開くとそこには自分の名前、性別、年齢、ランク、クラン、所属地等が書かれている。その他には筋力、耐久、敏捷、器用、魔力、スキル欄がありここは全て空白になっている。


 窓口のお姉さんから聞いた話によるとステータスを測る魔法装置があり、その測った数値とスキル等がそこに乗るらしい。


 しかし今はその装置が壊れていて、直るのに時間がかかるらしく空欄ということになった。どうやらどこぞの馬鹿が壊したらしく、そう話してくれたミイナさんがいたくご立腹だ。


 ギルドカード自体には特殊な魔法がかけられていて不正ができない。

 無理やりいじろうとするとすぐに魔法仕掛けのロックがかかり、解除は各ギルドのギルド長しかできなくなっているらしい。

 ロック後にさらに下手にいじれば消滅することになっているそうだ。なので不正にいじらないよう念を押された。


 さらにギルドカードには受けたクエスト数と討伐した魔物の名前とランクがカウントされる。このカウントを行っているのがギルドカードに埋められたあの小さな赤い石だ。どういう原理かわからないが、たぶん魔法の力が働いているのだと思う。


 ギルドカードのランクはこれらクエスト数と討伐した魔物の功績とステータス、ギルドの評価から総合的に決まる。

 ランクが高ければ高い程それだけ信頼され頼られる冒険者だそうだ。大昔には大英雄や勇者と呼ばれるようになった者もいるらしい。


 ちなみに今の俺のギルドカードはこうなっている。



名前:ミツバ・クサナギ 男 十八歳

ランク:GⅢ

クラン:ー(ー)

筋力:ー

耐久:ー 

敏捷:ー 

器用:ー 

魔力:ー

スキル:ー  

???:ー

予備欄:冒険者学園生徒・記憶喪失

所属地:アレキア王国・王都グラード



 クランというのは所属しているチームや派閥のようなものらしい。

 冒険者の多くはだいたいクランに所属していて、そこの信頼のおける仲間のメンバーとクエストにあたる。

 クラン自体にもランクがあり、高ければ高い程ギルドから手厚いサポートを受けられる。


 カードの最後には???とあったがギルド職員に聞いてみるとそこには世界からの贈り物が記載されるらしい。よくわからなかったがあまり気にしなくていいということだ。


「とりあえず今できる最低限のものにしておいた。しばらくはそれで我慢してくれ。裁定者リンが直ったらしっかり能力値は測るからすまんな。壊した馬鹿には今それ相応の報いを与えているから許してくれ」


 そういうと仕事に勤しむギルド職員全員が、呆れたようにため息をついたように見えた。一体壊したのは誰なのか、少し気になってしまった。


「それにしてもその魔法装置って、筋力とかわかるなんてすごいですね」


 筋力だけじゃない。スキル等、まるでゲームのような項目まであった。そういったものがこの世界では当たり前のように存在するのだろうか?


「ん?ああ、これは神々から贈られた物でな。我々の手に余る装置なのだよ。だから修理がなかなか進まなくてな。私としては一刻も早くお前の能力を見たいんだが、あの馬鹿が」


 さらっと爆弾発言をするミイナさんに驚愕した。 

 神々から伝わった?そんなまさか、ならこの世界には神様がいるってのか?


「……神々って、あの神様はいるんですか?」


「ん?もちろんだ。神々は世界に密接に、そして身近に関係しているし、極々稀にだが下界へと降りて来られる。まあ会うことなんてほぼ無いだろうが、もし会った場合は絶対に失礼の無い様にな。神の怒りを買う等断じてあってはならない……」


 まさか神様が存在している世界、なのか。元の世界には神様なんていなかったぞ……。

 いや八百万やおよろずの神って伝承はあるし、もしかしたら見たこと無いだけで、存在しているのかもしれないが明確な目撃情報なんてなかった。


「ああ、それからこれを」


 ミイナさんが小さな巾着袋みたいなものを渡してくる。


「なんですかこれ?」


 受け取ると小さな袋から、じゃらじゃらと小気味良い音がした。


「ヘルハウンドロード亜種討伐の報酬だ。奴から取れた素材と魔石はリースが回収してたから、どうするかはお前らで決めるといい」


「いいんですか、もらっても?」


急な報酬の話にびっくりした。


「ああ。あのまま放置していれば王都まで近いし被害は甚大なものになった。奴の討伐の対価としては少なすぎるが、緊急の調査依頼だったんでな。大規模に雇ってしまって分け前が減ってるんだ。悪い」


「いえ貰えるだけでもありがたいです」

 

 俺は大切にギルドカードと小さな袋をズボンのポケットへとしまった。


「ちょっと待て」


「はい?」


 何かおかしなことでもしてしまったのだろうかと、ミイナさんを見ると革紐かわひもの様な物を差し出してきた。


「ギルドカードにも神々からの言い伝えがあってな。冒険者は必ず見える位置に身に着けることになっている。まあ大体はベルトや剣帯といった腰回りが一般的だ。お前もその革紐でベルトなりに固定しておくといい」


「そうなんですか。わかりました」


 俺はギルドカードの穴の開いた部分に皮紐を通す。そして自身のベルトに皮紐でギルドカードをぶら下げる。動いても大丈夫なように、邪魔にならない位置で固定した。


「よし、それでいい。まあその金があればしばらくは食うに困らんだろうし、入学すれば学園の課題クエストも受けれるから金銭面は安心しろ」


「学園の課題クエスト、ですか?」


「あぁ。学園の生徒には冒険者ギルドのクエストでも、より簡単な最低難度の依頼を課題として出しているんだ。もちろん報酬は出るし、大体は冒険者のサポート程度だからそう危険も無いものばかりだ」


「そうなんですか」


「うむ。あー、そうそう。お前の編入は三日後だからな。明日、明後日と学園は休校だ」


「わかりました」


 冒険者学園にも休みはあるらしい。まあ一応学園な訳だし当然か。でもそうなると明日と明後日はどうしようか?

 

「それから装備はしっかりしておけよ。その金があるなら最低限の物なら充分買える。リース、お前はミツバの装備を見繕ってやれ。それから色々と教えてやれ、記憶が全く無いんじゃ大変だろうしな」


 そう言うとミイナさんはギルド職員と共に奥の部屋へと帰って行く。

 あれでも忙しい身らしく、帰り際にはすぐにギルド職員が多数の書類を見せていた。


「ミツバ、それじゃあ今日は装備でも見に行こう」


 機嫌が直ったのかリースはいつもの穏やかな表情に戻っていた。




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