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第3話 冒険者ギルド

「はいよ~!スタミナクック定食おっまちィ!」


 メイド服のよく似合う若い店員の女の子から俺は料理を受け取った。向かい合うようにして、対面にはリースが座っている。

 リースの方には既に料理が運ばれている。野菜の多い健康そうな料理、まあ見たことも無い野菜の色をしている物もあるが割とおいしそうだ。


「本当にいいの?」


 少し申し訳なさそうにリースに尋ねる。


「もちろん、遠慮することなど無いから。さあ、どんどん食べて」


 俺達は今、冒険者学園の敷地内に存在する宿舎の一階にある食堂で食事を取っている。


 食堂はカウンター席とテーブル席になっていて、木造りの椅子と共に乱雑に並ぶ。広さは一階の半分ほど取っていることもあり、百人位なら収容できるだろう。人影はまばらで、同じ制服を身に着けた生徒らしき人が僅かにいる。

 

 俺はあの後、身支度を整え運ばれてからずっと寝ていた二階の部屋から一階にやってきた。リースがどうしても何かお礼をしたいというので食事をお願いしたのだ。


 リースは、そんなことで良いの?と言ってきたが、この耐えがたい空腹を満たすことが何よりもまず第一である。

 それに当然だがこの世界の通貨など一切持っていないのだから、非常にありがたいことだ。


「いただきます」


 手を合わせていると不思議そうにリースが尋ねてくる。


「いただきますって?」


 俺の額からじんわり冷や汗がにじむ。つい日頃からの癖で日本の習慣を持ち込んでしまったことを激しく後悔する。記憶喪失で押し通しているのにこれはまずいことだ。


「え、ええっと。なんか食事の前にはこ、こうやって祈ってたみたいなんだよ。癖みたいな感じで自然に出ちゃったんだ。あはは……」


 わざとらしすぎて自身の演技力に絶望した。この際もう話すべきか?とそんなことさえ脳裏を掠める。


「そんなお祈りもあるのね。ミツバってもしかしたらアレキア王国以外の遠い地方出身なのかも」


 どうやらリースには、ばれてないらしい。大丈夫なようだ。内心ほっと胸を撫でおろす。


 リースはおもむろろに、指と指とを交差クロスさせ何やら祈りを捧げている。

 それを見て俺は元の世界のある宗教を思い浮かべた。だが祈り方はそっくりだったがその仕草だけで言葉は何も発しなかった。


 それから運ばれてきた料理に目をやると、大きな鳥のもも肉と思わしき物をカリカリに揚げたものにパンとスープにサラダといった具合だ。とにかくもも肉が大きく、とても一人分とは思えない。


 ただよってくる匂いに食欲が刺激され、空腹に我慢を重ねた胃袋はぐるぐると獰猛な唸り声をあげている。押し寄せる食欲の波に理性が吹き飛ぶ。


 父から厳しいしつけを受けてきたが、目の前の料理のことしか今は頭に無い。 


 豪快にかぶりつく。味など気にすることなく、凄まじい勢いで胃袋へ流し込んでいく。あまりの食べっぷりにリースがびっくりした顔をしていたのだが、俺の食欲は止まらなかった。


 目の前にあった料理はあっという間に無くなった。 

 まだリースの方は上品に料理を食べている。その上品さ漂う雰囲気に、この食堂はとても似合わない。


 お腹が膨れたことでミツバの胃袋は落ち着きを取り戻したが、あれだけの量を食べてもなぜかあまり空腹感が満たされなかった。むしろ中途半端に食べたことで食欲が高まる。

 

(あんなに食べたのに何で!?)


 自分の異常な食欲に嫌気がさす。満たされない空腹感に歯軋はぎしりした。


「ミツバ。その、私のも食べる?」


 そんな様子を察したのかリースが自分の料理を差し出そうとする。


「い、いやいいよ。こんなに食べたからもうお腹に入りきれないよ」


 気を使わせてしまったことに申し訳なくて、精いっぱいの笑顔で答える。

 本当はまだ余裕で食べれるし食欲が頭を支配しそうになるが、そこまでお金を使わせたくはない。何よりも女性に奢ってもらっていることに気が引ける。



 その後リースが食べ終わるのを待って、情報整理の為に色々な話をする事にした。


「リースとフィリアって、その冒険者なの?」


「いや、私とフィリアは冒険者学園の生徒なんだ」


「冒険者学園の生徒?」


「そう。アレキア王国で冒険者を目指すには、特例を除いて成人未満の者は必ず冒険者学園に入ることを義務付けられているの」


 意外な話だった。小説やゲームだと冒険者になるのは比較的簡単なことが多かった気がする。登録さえ済ませれば誰でもなれるような。一番難しくても何らかの試験さえ突破すればなれるものだとばかり思っていたが、少し勝手が違う。


「へー、そうなんだ」


「うん。でもこの方法を取っているのはアレキア王国だけだと思う。他の国では登録したら、冒険者になれるって聞くし」


「なんでアレキア王国だけ違うの?」


「それは……」


 椅子に座ったリースが少し戸惑うような表情を見せる。何か聞いたらまずいことだったのだろうか。慌てて言葉を発する。


「ご、ごめん。何か聞いちゃまずいことだった?」


「ううん。違うの。昔はね、この国も登録するだけでなることができたの。それこそ十歳の子供でも。それだけ冒険者は必要だった。何故なら魔物の数は膨大だから。討伐任務は王国騎士や兵だけじゃとても足りない。でも訓練も何もしてない未熟な子供でもなれることで、とんでもない悲劇が起きてしまったの……。その悲劇の波はあっという間に拡がり、冒険者を壊滅寸前まで追いり、国すら巻き込んじゃったの」


「そんなことが……」


「うん。その悲劇は六英雄や王国騎士の活躍で何とか収束したけど、冒険者の大半を失って、国は機能不全を起こしたの。冒険者への依頼はそれほど多かったから。それ以来、二度とそんなことが無い様に国が冒険者を育成する目的として作ったのが冒険者学園なの」


「そうなんだ」


「うん……」


 話し終えるリースを見ると肩を落とし、うつむき加減でテーブルの上で手を組み、その表情はどこか悲しそうだった。やはりあまり聞いて良いことじゃなかったのかもしれない。

 その美しくも悲しげな表情を見ているとチクリと胸が痛む。情報を仕入れるにしろ、こういったことには今後気を付けないと。


「ご、ごめん。なんだか湿っぽくなってしまって。何か他に聞きたいことはある?」

 

 いやそんな、と俺は胸の位置で手を振る。こっちのほうが申し訳ない気分だ。


「えっと、そうだな……」



 それからリースから色々な話が聞けた。


 どうやらリースとフィリアはあの鎧の男達の仲間では無いらしい。つまるところ俺と同じで助けに入ったというわけだ。リースの方が俺よりも早く着いて、後から俺が合流したという形だ。


 最近あの湖の辺りでは魔物の活性化がいちじるしく見られていた為、何組かの冒険者がギルドから調査派遣されていたらしい。


 リースとフィリアは冒険者学園の課題で、森の外の平原から森の監視と、冒険者達のサポートを受けており、大きな音を聞いて居ても立っても居られなくなり、危険な森へ入ってしまったという。

 

 俺は最初リースを騎士だとばかり思っていたが、リースはただの冒険者学園の生徒らしい。何というか冒険者を目指している割に花がある。教養だって備わっている気がするし。恐らく何らかの事情がありそうだが、余計な詮索はやめた。


 そしてあの冒険者のその後なのだが、鎧を裂かれた男二人は大狼との戦いで既に亡くなっていたらしい。


 フィリアは今も眠りについているが、魔法を限界まで使いすぎた魔力枯渇マナデプレーションだけで、命に別状はなかった。ただ大事を取ってしばらくは療養させるらしい。


 食事を終え、これからどうしようかと悩んでいると、リースがこれから行かなければいけない所があると俺の手を掴み引いていく。


「ちょっとリース、どこ行くの?」


「今から冒険者ギルドに行くの。今回の件でミツバが目覚めたら連れてくるようにと言われているんだ」


 冒険者ギルドか。正直行きたくない。 

今回のことの事情聴取だと思うけど、俺は違う世界から来たことを隠している。自分自身嘘が下手なことは自覚している。それでぼろが出るのが怖い。なるべく平静を保って対処しようと心に決めた。


 リースに手を引かれ宿舎を出て少し歩くと、石で敷き詰められた立派な大通りが広がっていた。大通りでは食料を買い込む市民や、様々な武器や防具を品定めしている冒険者達で賑わいを見せている。


「本当に、ファンタジーだ……」


 その風景に思わず呟いてしまった。


「ん、何か言った?」


「い、いやなんでもない」


 俺は不安を感じながらも感動していた。お伽話やゲームで見たファンタジーの世界にやってきたようで、その好奇心がくすぐられた。

 

 建物は木造の物と石造り、煉瓦れんが造りの物が並ぶ。文明レベルは低いのかと思っていたがそこまで低いわけでもない。


 武器屋や防具屋といった場所では厚めのガラス張りで、外から飾られた武器や防具が見れるようになっている。馬車にも見慣れない金属製のものが使われているようだ。


 大通りには街灯もあるが街灯の中には、何やら黄色の六角形の物体のような物が入っている。電気で動かす感じでは無いようだ。


 宿舎から出て大通りをまたぐ様に反対の方向にまっすぐに進む。するとすぐに巨大な石造りの建物が視界に入る。

 

「ここよ、ミツバ」


 依然として手を引いてくるリース。そろそろ離してくれないだろうか、さすがにちょっと周りの視線が痛くて恥ずかしいのだが……。 


 冒険者ギルドは冒険者学園と大通りをまたいですぐの場所にあり、目と鼻の先だ。それにこの王都の南門にも程近く、南門から続くこの王都をぐるりと囲む高い城壁が見える場所にあった。


 ギルド自体は高階層の巨大な建物。煉瓦造りでがっしりとした重厚さを放っている。何階建てかは定かでは無いが、二桁近い階層だと思う。建物には三角旗がいくつも掲げられており、その旗には大きな片翼の翼が描かれている。


 建物に入った瞬間、こちらに数々の視線が向けられて少し緊張した。なんだか落ち着かない妙に熱のこもった視線も混じる。


 大規模なホールを思わせる室内には、受付け窓口がいくつも並び、小奇麗な恰好のギルド職員達が接客の為にせわしなく動き回る。奥では事務作業を行うギルド職員も多数いる。まるで日本の銀行を異世界風にアレンジしたようで、すこし面白く感じた。


 リースが窓口の受付の女性ギルド職員に声をかける。


「先日のヘルハウンドロード亜種の件なのですが―」


 それを聴いた女性職員はちらりと俺を見た後、リースに待つように伝え、急いで奥の部屋へと消えていく。待っている間にきょろきょろと周りを見渡していると、他の冒険者達とやたらと目が合う。やけに視線を感じるので落ち着かなくなり、隅でおとなしくしていることにした。


 しばらくすると女性職員が戻ってくる。個室の方に案内してくれることになり、リースと俺はその後ろを追いかける。一階の窓口から少し進んだ奥に個室はあった。


「こちらへどうぞ」


 そういわれて個室の中に案内された。個室に入ると応接間のようになっており、一人の女性が腕を組み座っていた。年齢は二十代半ばぐらいだろうか。

 

 ギルド職員の制服よりも上等な上着を羽織っており、胸ポケットの上には勲章のようなものが幾つか付いている。ボーイッシュなショートカットで髪は燃える様に赤く染まっている。


 服の上からではあるが体つきは出るとこは出ており、程よく筋肉が引き締まっていて、男のミツバが見てもかっこいいと思えるスタイルの良さ。同性の女性からも人気がありそうだ。


「よくきてくれた。このグラードの冒険者ギルド副長のミイナ・ハリスだ」


 彼女は立ち上がり握手を求め、そう自己紹介してくれた。


「あ、ミツバ・クサナギです」


 普通に名乗ったら怪しまれそうだったので、名前は異世界の流儀りゅうぎに合わせて自己紹介した。そして差し出された彼女の手を握りかえす。女性にしてはその手は固い。間違いなく剣を振るっている独特の手だ。


「まあ座ってくれ。リースも案内ご苦労さん」


 どうやらリースとミイナさんは知り合いのようだ。


「今回こちらに呼んだのは色々聞きたいことがあったからなのだが、君がヘルハウンドロード亜種を倒したのは本当か?」


 真剣な顔で俺の瞳を睨むようにミイナさんは尋ねてくる。恐らくあの大狼のことを言っているのだろう。 

 リースの方に目を向けると頷いてくれた。


「大狼の化け物なら俺が倒しました」


 そう答えるとミイナさんが大きく息を吐き、ニヤリとわずかにほほ笑んだ。


「そうか、いや気を悪くしないでくれ。こちらも確認しなきゃならないんだ」


 確認?まあそれがギルドの仕事なんだろうから気にしないが。


「そういえば君は身分証すら持っていないと聞いたがどうしたんだ?」


 やはりきた。最悪の質問、落ち着け。冷静に答えれば大丈夫だ。


「えっと、起きたら湖のほとりにいて、それ以前の記憶が無くなって思い出せないんです。覚えていたのが自分の名前だけで、あとは何も持っていなくて……」


 よし。完璧に自然に返せた。これなら大丈夫だろう。しかしミイナさんの顔がほんのわずか、曇ったようにも見えた。


「……ふむ。そうか、ならば仕方がないな。ここで身分証の発行をしていくといい。冒険者ギルドで登録すれば即日でしかも無料だぞ。今ならサービスでリースをつけてやろう。これはもう登録するしかないな!」


 ミイナさんは片手で拳を握り締めて、テーブルを挟んだ俺の目の前に迫ってきた。


 怪しい。これは何か怪しい。しかもサービスにリースって。それに身分証ってそんなにあっさりと発行できるものなのだろうか?

 ふっと隣を見るとリースが両手で顔を覆っている。表情は見えないが耳が赤い。ちょっとひいてる俺を見てミイナさんはまずいと思ったのか攻勢を強める。


「み、身分証がなければ何もできないぞ、仕事を探すにも何をするにもだ!それに冒険者ギルドなら他の仕事が見つからなくても依頼は山のようにある!」


 つまりこれは勧誘だな。悪意は無いと思うんだけど。


「学園長……」


 隣で大きなため息をつき、まだ赤ら顔のまま呆れたようにリースが口を開く。

 うん?今リース、学園長って言ってなかったか?という事はこの人もしかして……。


「ここで登録すればつまり冒険者ギルドの身分証が発行されるわけなの。冒険者ギルドの身分証で何らかの不利益になることは無いから安心して。ただ同時に冒険者として登録されるというだけなの」


 なるほど、そういうわけか。察するにどうやらこの二人は俺を冒険者に引き入れたいみたいだ。あの大狼の化け物を倒したからか?


 どうしようか。冷静になって少し考えてみる。


 俺の一番の優先順位は異世界人に対する扱いや、元の世界に帰れる方法を調べたいってとこだが、そのためにも間違いなく生活する金は必要になる。

 それにこの馬鹿げた空腹にかかる食費は大変なことになりそうだし、冒険者ならとりあえず金は稼げそうだ。それにここで下手に断って怪しまれるのは一番避けたい。


「あの俺、記憶が全く無いけど、大丈夫なんですか?」


「ん、ああ。身分証を発行するのに問題は無い。記憶喪失は魔物と戦ったりすればそれなりに起こる事故だし、それに対応する規則もある。君も大方魔物との戦いで頭を強く打ったんだろう。まあ身分証には記憶喪失と書かれるがそれだけだな」


「わかりました。それじゃあ身分証の発行よろしくお願いします」


 そういうとリースとミイナさんは互いに目を合わせ、なにやら喜んでいるような素振りだったが、俺は気が付かないふりをした。


「あっ、それといい忘れてましたけど、俺十八歳なんで未成年ってことですかね?」


 喜んでいた手前、ミイナさんとリースの表情が次第に驚きの色に染まっていく。今度は別の意味で顔を見合わせていた。


「嘘は、ついていないようだな。いや確かに若いと思ってはいたが、そのよわいでヘルハウンドロードの、しかも亜種を倒したのか」


「ミツバ、まだ未成年だったんだ。それじゃあこれって……」


「ああ。君には冒険者学園に入ってもらうことになる。いや、惜しいな。今すぐにでも冒険者ギルドに欲しい」


 十八という年齢はこちらでも未成年という扱いみたいだ。リースはおしとやかに背筋を伸ばし椅子に腰かているが、その頬はいささか緩み上がり、何やら嬉しそうだ。  

 ミイナさんの方は腕組みをしながら、どうにかして特例を、とぶつぶつ呟いている。しばらく思案した後、我に帰りその視線を俺に投げかけてきた。


「まあいい。ではさっそく練兵場に行くぞ!ヘルハウンドロード亜種を倒した腕前、存分に見せてもらうからな!!」


 練兵場!?いやいやそんな話は聞いてませんが、身分証の発行するだけじゃないの?

 なんかやっぱり前言撤回したくなってきた。


 それからやけに気合の入ったミイナさんとリースと、まったくやる気の無い俺は練兵場へ向かった。




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