第13話 衝突
「ではこれより各自稽古に移ってもらう。原則としてまずは同じ武器を扱う物同士で集まり稽古を行うこと。魔法を主体に扱うものは、魔術人形への打ち込み攻撃を行うこと。良いな!?」
練兵場にラウド教官の声が轟く。それと同時に同じ武器を持つ物同士が幾つかに分かれ稽古を始めた。
素振りから始め、互いに悪いところ指摘し合う者もいれば、いきなり一対一の模擬戦を行う者様々。他の者を巻き込まない様に、後者の模擬戦を行っている者は離れた場所へと移動していた。
「わたしたちはどうしようか?」
「うーん、まあとりあえず素振りからでいいんじゃないかな?」
ラウド教官の実技に何とか間に合った俺達は、フィリアを魔法用の稽古場へと送ると二人でペアを組んで稽古をすることにした。
「じゃあわたしたちも交互に素振りを見て、気付いた点を指摘し合うって感じでやってみよう」
「そうだね。それでいこう。最初どっちからやろうか?」
「んー、じゃあまずはわたしが最初に見てもらおうかな」
「わかった。リースからだね」
リースは一つ深く呼吸を置くと、その腰から細身な剣を抜いた。
「悪いところや気づいたことがあったら言ってね」
そう俺に伝えると、凛とした引き締った表情へと変わる。そして正眼の構えから徐ろにその細い剣を振るう。細い剣筋がその空を幾度も斬る。
見た限りそれなりに様になっている。日頃からの鍛錬の成果だろう。才能もあるし、もっと磨けば光るものを感じる。
ただ気になる荒削りな部分が、素振りだけでも幾つか視える。その中でも一番気になるのが剣を振るう度、正中線から右側への重心のズレ。
実家の道場では、幼年の頃より容赦の無い鬼の様な扱きを父から受けていた俺は、大学生にもなると師範代の立場となっていた。年上の熟練門下生からも先生と呼ばれることが多かった。そんな門下生を指導してきたその瞳には欠点が浮き彫りとなって映る。
「リース、少し右側に重心が傾いてる。もっと脇を閉めて、おへそに力を込めて、真っ直ぐに振り下ろすように意識して」
「わ、わかった」
剣術の事となり、眼の色が変わる俺にリースは少し戸惑いを見せる。だがその言葉にリースは直ぐ様修正をする。先程よりも綺麗な斬撃は、ひゅんと小気味良い風切音を纏う。
「うん、さっきよりいい感じだ。なるべくその感じを忘れないよう心掛けて」
細かく言えばもっと気になることはあったのだが、一気に色々なことに意識を向けると型が崩れるので昔から一回の指導に一つまで、と決めている。
それから数十回ほど回数を重ねたリースは構えを解き、疲れた様子でその細い剣を握る手をだらりと下へと向けた。
「じゃあ次は俺の番。リースも思ったことや気づいたことはお願いね」
計百回ほどの素振りを終えたばかりのリースは、はあはあと、息が上がって乱れている。言葉で返さず、肩で大きく息をしながらこくんと頷いてきた。
そんなリースを横目に、指と指を交差させ、空に向かって一度大きく伸びをする。
(よし。身体は好調だし……、やるか)
素振りならいつも通りで問題は無いだろう。そんなに目立つことも無い。それに日本刀とは大分異なる西洋剣の特色は、掴んでおきたい。
腰に下がる幅広いブロードソードをゆっくり抜くと、リースと同じように正眼の位置で寸分違わず止める。そして型を意識しながら上下に振り抜く。
リースの細剣とは違い、低い唸り声を上げるブロードソード。だがその武骨な剣とは対照的に歪むことなく、乱れることなく、美しい剣閃が走っては同じ位置で留まる。
「綺麗な型……」
息の整ったリースが囁くように声を漏らす。
重い剣だが悠々と振り抜ける俺の身体は振れることがない。一切の無駄なく最短距離を走る剣閃は美しい半月を描ききる。
リースと同じくらいの回数を重ね、ふうっと一息ついた。
「どう?どこか気になるところとかあった?」
「あんなに綺麗なのに、わたしから言えることは何もないよ。ちょっと悔しいくらい綺麗な剣閃ね」
「そうかな?でも、まだまだだよ」
じんわりと熱を帯びた身体に心地良さを感じながら、俺はブロードソードを一旦その鞘に戻す。刀身と鞘の擦れる音が、美しい金属の音色を放つ。
「……わたし、ミツバに剣教えてもらおうかな」
いつの間にかその細い顎に手を添え、思考を巡らせていたリースは唐突に言い放つ。
「えっ!?ま、まあ、そのくらい別にいいけど」
「本当に?じゃあミツバ、これからわたしの師匠ね」
銀髪碧眼の美少女に師匠と言われるのは、悪い気はしないけど人前ではそんな風に呼ばないでね?同じような歳なのに無駄に目立つでしょ?本来、一回り、二回り違うような人に使うような言葉だからね!?
そんなことを考えていると、不意に背中に何かがぶつかる衝撃が伝わってきた。
「いってえなぁ!?」
振り向くと威嚇するかのような声を震わせ、一人の男がこちらを睨む。短く刈った髪は怒気をはらませたかのように逆立ち気味で、生徒の中でも一際大きな体格。
手には造りの良いロングソードに動きやすそうな軽鎧。その腰に吊るされたギルドカードは俺やリースとは違うアイアン製だ。
その後ろには三人の取り巻きの男が、卑しい笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
それを見て俺は彼らの意図に気がつく。一歩も動いていない俺にわざとぶつかってきたのだ。これは間違いなく喧嘩を売られているのだと……。
俺自身ある程度そういったことは覚悟していた。何せ血の気の多い冒険者の見習いだ。衝突が無いほうがおかしい。だがあまりにも早過ぎるだろう?まだ編入初日だというのに、先が思いやられる……。
「ああ、ごめん。怪我はなかったかい?」
白々しくも紳士的な態度を取る。わざわざこんなことで目立つなんて愚の骨頂だ。なるべく穏便に済まそう。
俺は短髪に刈り込む男にその手を差し出す。
男は俺の意外な反応に一度呆けた顔をした。だがすぐにその眉を吊り上げ、顔を歪めると俺の手を払いのけ、つっかかるように眼前にまで差し迫った。
「調子にのるなよ。お前が瀕死の化け狼にとどめを刺しただけの雑魚ってのは、ばれてんだぞ……!?」
どうやら俺の紳士的な態度はお気に召されなかったようだ。むしろ逆効果だったのかもしれない。
「まあそれはどう思ってもらってもいいけど、稽古の邪魔は止めてくれないかな?」
あくまでも冷静に平静を保つ。紳士的に。
だがそんな態度とは裏腹に、その心中は真逆の感情が支配する。
俺は何より稽古の邪魔をされるのが我慢ならない。それは幼少の頃からそうだった。
誰しもが時間を作って、その決まった時間の中で懸命に稽古に励む。小さい頃から仕事でくたくたになりながらも毎日通う門下生をずっと見てきた。少しでも強くなるために、少しでも上手くなるために。
俺だってそうだ。親父を負かすため、一度も勝てない悔しさに歯軋りしながら、来る日も来る日もそんな門下生たちと時を過ごした。
それを何の権利があって邪魔をし、奪うというのか?許せる訳がない。
「はっ、雑魚がいっちょ前に稽古とか笑わせてくれるぜ。俺が稽古つけてやるからこいよ、黒髪ぃ!」
「……いや遠慮しておくよ。リースとの稽古の方が遥かに有意義そうだし」
「なんだと!?」
短髪の男の顔がみるみる赤く染まる。激情がその顔を支配する。
「ちょっと、もう止めなさいグラーフ。ミツバはわたしと稽古してるのよ」
リースが俺と短髪の男の間に入ってくる。どうやらこの男を知っているようだ。グラーフという名前らしい。
「うるせえ、てめえは黙ってろ。俺と黒髪、どっちがこのクラスで上か、はっきりさせてやるよ」
今にも胸ぐらを掴みかかりそうに、その肩を震わせるグラーフ。三人の取り巻きは「いいぞ、グラーフ」「お前が一番だ!」など、にやける顔で野次を飛ばす。
俺は辟易として、呆れて溜息が漏れた。こんな無駄な時間は一分一秒でも惜しい。
「なにをやっとるかっ!!貴様らぁぁぁ!!!!」
大気が震える。怒号にも近い叫び声。発したのはもちろんラウド教官だ。グラーフよりも大きな鋼の身体を隆起させ、こちらへとやってきた。
瞬時に野次を飛ばす群れは直立不動し、素知らぬ顔。調子のいい奴らだ。
「どういうことか説明しろ、グラーフとミツバ」
「はっ!多少身体がぶつかったので、黒髪に気をつけるよう注意しておりました」
「……まあそんなところです。以後気をつけます」
グラーフがこちらに睨みを利かせながらラウド教官に答える。明らかに故意を持ってぶつかってきたのはそっちなんだけど。俺はこれ以上無駄に目立ちたくないし、事を荒立てないよう最短の解決を望んだ。
「……次やったらお前らには地獄の懲罰を課すからな。よく覚えておけ」
そう言ってラウド教官は、熊のように悠然と去っていく。去り際に取り巻き三人に「お前らもだ、バカモンが!!」と彼らの頭を小突いて。どうやらしっかりと、一部始終を見られていたようだ。
教官がいなくなり、姿勢を崩したグラーフはバツが悪そうに{ちっ!」と舌打ちして、取り巻きとそのまま何処かへと行ってしまった。
「やれやれ。何なんだ、一体」
思わず溜息を混じらせ言葉を吐いた。
「さっきのがグラーフ。学園でも上位に入る実力者よ。わたし達のクラスでも一番強い。多分ミツバが噂になってるから、気にくわなかったんでしょ」
リースがその腕を組み、俺に顔を近づけて説明してくれる。最後に軽く溜息をつくところを見ると、リースもグラーフには良い感情を持ってはないようだ。
「だからと言って稽古中に来なくてもいいのに」
「そうね、さすがに稽古中は辞めてほしいわ。もっと大勢の観客がいる前でミツバに倒してもらわないと」
「えっ!?いや、そんなことやらないよ!?」
「冗談よ、ミツバってそういうのあまり好きそうじゃないもんね」
まるでいたずらっ子のように、ふふっと笑みを浮かべるリースはひどく幼く見えた。だがすぐに元の涼しげな顔に戻る。
「でもグラーフには気を付けておいた方がいいかも。あまり良い噂は聞かないし」
「たしかにあんな態度じゃ良い噂は出ないだろうね」
俺は肩を竦めながら皮肉混じり言う。
「グラーフの腰のギルドカード見ればわかると思うけど、アイアン製のF級冒険者。あと一つ上げてブロンズ製のE級冒険者になれば、わたし達のクラスで初の特例が受けられるから最近意気込んでるの。結構無茶もしてるみたい」
そういえば腰のギルドカードの材質が違う。俺とリースはレザー製だ。
「ランクが上がる毎にギルドカードも変わっていくのかな?」
「そうなの。ミツバその辺りまだギルドから聞いてないんだ?」
「うん。ステータスのことは聞いたけど、そっちは多分聞いてない」
「じゃあ後で説明してあげるね。今は稽古の時間だから」
そう。今は稽古の時間だ。グラーフのことで少し頭に血が上っていたのかもしれない。失念していたことを後悔した。
素振りを終えた俺とリースは互いに打ち込み稽古にも入る。だがリースの剣を受けきったところで、ラウド教官の合図をかわきりとし、午前の実技は終わってしまった。
そしてリースと共に魔法の練習を終えたフィリアを迎えに行き、昼食を取ることになった。




