魔術による対人戦闘
四
彼が彼女の体を乗っ取った。彼女の姿でありながら、間違いなく中身は彼。
「よろしくお願いします」と笹崎と彼はともに頭を下げる。誰もこのことに気づいていないようだった。
「はじめ!」
先生の合図とともに、早速笹崎は地面に押さえつけられていた。
「せえっ!」
彼が笹崎を制した状態で、殴る動作を見せつけた。残身をした寸止めだ。
「はっ、はええ!」「笹崎を一瞬で投げやがった!」「開始直後はないわー」生徒は好き勝手に言う。
「い、いや、今回は魔術を使った戦闘ぜんていだから……もっかいだ」
先生は言いながら、笹崎に「大丈夫か」と言いたげに目線を送る。笹崎は大丈夫うそうだ。
「ところで先生。どこまでやっていいんですか? 禁じ手は?」
彼女の体を乗っ取った彼が言う。それに対し、「笹崎はお前が思う以上に強い。思いっきりやって、ちょうどいいくらいじゃないか? な?」と先生は答えた。笹崎も文句はないようだ。
彼女の目つきが変わる。一度投げて、ある程度の身のこなしを見せた上での、先生の判断だ。彼は遠慮をするつもりはもうない。
「あらためてやるぞ? 構え。はじめ!」
彼女は踏み込んでジャブを放った。彼女のジャブは早いのはもちろん、重いのだ。生前では、笹崎という実力者をも苦しめる洗練された得意技だ。
「ボクシング!? マジかよ!」
生徒のヤジが飛んだ。
彼女は笹崎の反撃を感じて距離をとった。笹崎は遅れて彼女に距離を詰める。詰めようとした。のだが、自ら彼女の蹴りに突っ込んだのだ。
彼のカウンタのー一つだ。彼は待蹴りと呼んでいるものだ。
「ええ……。馬鹿正直に誘いにのらなくても……」と、うまく決まり過ぎて声に出してしまった。笹崎はダウンしているのだ。
「わかった長田! お前が強いのはわかった!」先生が制止する。そこまで深くなかったのか、笹崎は立ち上がった。
「笹崎。大丈夫か?」
「大丈夫です。それにしても君、戦い方がわるいよ? 魔術の前なら長期は無理だからな?」
笹崎が彼女に言った。しかし、彼女は言う。
「せめて勝ってから発言した方がいいと思いますよ? 言い訳がましくて聞きにくいですし」
彼に悪意はない。生前、天然爆弾と言われているキャラだったのだ。挑発したつもりもない。しかし笹崎にとっては、紛れもない挑発だった。
「魔術の前でも言えんのか!」
そう言って、いきなり笹崎は彼女に火の玉を投げつけた。笹崎の真意は驚かせる程度だった。
だが彼女は反応して受け止めてしまい、反撃として突き飛ばしてしまう。これが笹崎を完全に切れさせてしまった。
「調子に乗んなよ!」
笹崎の手には西洋の剣が握られていた。彼は覚えがあり、彼女の口で動じずに言う。
「武器召喚? いいですよ」
笹崎が切りかかった。
彼女は笹崎の動きを完全に見切っており、かわすだけでなく余裕をもって対処している。証拠に、笹崎は何度か蹴り飛ばされたりで体制を崩している。それでも、敢えて畳み掛けていないのだ。
「ずえ!」
彼女は妙な声と共に笹崎を抱え上げて地面に叩き付けた。きれいに投げが決まったのだ。完全に彼女が制した。
そこに先生が駆け寄り、制止に入った。完全に決まっていたし、彼女も過剰に攻撃するつもりもない。大人しく笹崎から離れた。しかし、血が上った笹崎は違う。
笹崎は、構えを解いている彼女に剣の柄で殴りつけたのだ。
「あっらああああっ!!」
彼女は顔を受けながら笹崎を吹き飛ばした。先生が止めなおそうとしたものの、二人とももう話を聞かない。
「っしゃああ!! とことんやってやらあ! はははは!」
彼女は笹崎のマウントをとり、顔面を殴りつけている。そんな彼女がはねとんだ。魔術によるものだ。
「だよな! そう来なくちゃ!」
生徒の中から悲鳴が上がる。彼女が大口を開けて笑ったとき、前歯の殆どが無くなっており、血まみれとなっていたからだ。しかし今更、血如きでは止まらない。
笹崎は怒りにまかせて剣を振り回し、たまに魔術を使っている。そんな笹崎に彼女は殴りつけていた。
彼女が勝負に出た。彼女は飛び込むようにして、振りぬく剣を片手で受け止めた。素早く片方の手で笹崎の肩をめがけて手刀を振り下ろす。飛び込んだ勢いそのままに、笹崎を押し倒す。再びマウントをとった形だ。
しかし 彼女は素早く飛びのいて叫ぶ。
「っしゃあ! 肩の骨砕いた! どうだ!」
笹崎の鎖骨が折れていたのだ。どちらにせよ、剣は持てまい。
笹崎はよろめきながら立ち上がったと思えば、今度は魔術であがきだした。
しかし彼女の対処も早い。彼女も魔術で迎え撃った。
彼女の魔術は何一つ無駄なく笹崎の魔術を打ち落とした。笹崎が魔術で視界が悪くなった瞬間を見計らって、彼女は素早く背後から組みついた。
「おご、ぐう」
笹崎はうめき声をあげながらも、間もなくしておちた。彼女は首を絞めていたようだった。
「もういい! 殺し合いをしているんじゃないぞ!」
「ははは! やった! この私の勝ちだ! ひひひひひ!」
「長田? 長田!」
「ひひひひ……。ひ、え? ……いだいいい! いだいよ! なんで! 歯が! どうして! 骨が出てる! なんで! 痛い! 痛い! 手が! 足ば! 痛いいい!」