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彼のこと

 一


 この学校はずいぶんと校則が緩い。勉学もあまり秀でているわけではない。一方で部活動ではこの学校、非常に優れているのだ。この学校では部活が盛んなのである。

「貴方、生前、何の部活入っていたの?」

「結構いろいろ」

「何がおすすめ?」

「やりたいことやれよ。俺は上下関係の厳しい部活は合わなかった。団体はぜって無理だった。女の子らしいテニスとかバドミントンか吹奏楽部入れば?」

「あなたは運動系?」

「本当に見境なくやってたから、何とも」


 彼女はバドミントン部に入ったが、バイトなどもあって難しいのではないかと今更に思えた。そこで彼が言う。

「練習付き合うよ。俺も少しかじってたし」

 彼女はバイト終わりに、部活の練習が取れない分を、彼に見てもらうことになった。しかし、随分とハードであった。しかし、彼は彼女にできることが一つ増えようものなら気持ち悪いほど喜び、彼女は嫌とは言いにくくなってしまったのだ。

「いいな。お前は楽しそうにうに運動できて。うらやましい」

「あなたは、疲れ知らずで、むしろ、私が、うらやましく、おもう」

 彼女は息を切らしながら言う。彼は、休憩の合間にと、なんとなく話し出した。

「今は体が無いようなものだからな。空腹にならないし、眠る必要もないし、体調も崩すこともない」

「本当に、うらやましい」

「だけど、全てが満たされなくなるんだ。生前のことが今になってわかる。俺は運動が好きだったんだ。本当に今のお前がうらやましい。息が乱れて、頭が真っ白になって、でも反対に感情が高ぶっていく瞬間。もう感じられない。感じられないからこそ、今の俺であるお前に経験してほしいんだ」

 彼女は彼の話を聞くたびに、思うところがあった。


彼は彼女とストレッチ中である。

「お前はやっぱ俺だな。足腰が強いし、腹筋背筋もそれなり、バネが生前の俺並みだ。しかも俺といい意味で違うのは、体力だな」

「貴方、素振りもフットワークもできてるし、今更だけどバドミントン部だった?」

「九か月くらいだけな」

「なんで辞めたの?」

「一緒にやってた友達が自殺してから行きにくくなっちまった」

 彼女は自殺という言葉が出てきて、どきりとした。話を聞いてあげるべきなのか、触れないであげるべきなのかわからずにいた。なにより、彼女は目をそらしたくなった。身近な死など、彼女は経験したことが無いのだから。

「部活の練習より、貴方との練習が有意義に感じちゃう。体力の限界まで運動しても、背負って連れて帰ってくれるし。部活で練習してると、ペース配分考えないといけないし、伸ばしたいところが分からなくなっちゃうし」

「当たり前だろ。俺を誰だと思ってる。お前だぞ? それにしても、ひと月でジャンプスマッシュは早いように思うな。でも、ちゃんと形になってるしなあ。フットワークも完全に経験者って感じだし」

「一週間で一回か二回くらいでしか部活に顔出してないね」

 彼女としてはどうでもよかった。ほかの部員より厳しい運動をしているつもりであるし、怠けているつもりもないのだから。


 二


 彼のアドバイスは、彼女にとって実に的確であった。彼が部屋で予習として、勉強についての色々話を聞かしてくれる。わからないことがあれば、彼に聞くとすぐに返ってくるのだ。しかもこの間、部活動でついに先輩と試合をして勝ててしまったのだ。この時、「クリアで攻めろ! クリアで攻め続けろ! 体力で押し切れ」と助言をもらいながらであるが。これは彼女の成長の速さより、彼の助言の的確さを感じさせた。

「貴方、もしかして、一年の時は進学クラスだったりする? 勉強できるし、入学の時、『周りの生徒について行ってクラス間違えた』とか言ってたし」

「一年どころか、ずっと進学クラスだったって。あと、勉強は全然できなかった。周りにどうにか引き上げてもらったって感じだ。俺はダメダメな存在だからな。なんてたって、俺はお前だし。お前が何よりわかるだろ」


 彼は、彼女を含めて、自分を駄目駄目だとよく言っている。でなけりゃ助言をしない、と。しかし、彼女は聞き流していた。彼女から見れば、彼はずいぶんと有能に見えているのだから。運動にしろ勉強にしろ、である。そして完全に彼の存在が彼女の中で確固となる出来事もいくつかあった。彼が魔術を使って魔物を倒したこと等だ。


「貴方は、いつもあんなのを相手にしているの?」

「え? 気性の荒い犬みたいなもんだろ。子育て中のイノシシの方がもっと怖いぞ」

 彼は、本当に何でもない事のように言ってのけるのだ。


 三


 彼女は疑問に思っていた。彼は間違いなく有能だ。しかし、彼は首を吊り自殺をしていた。そして彼はそのことを後悔している。何故なら日々の彼女の日常には、常に彼の要望が絡んでいた。それに彼女の友達と遊ぶのに、彼はよく付きまとうのだ。勿論彼の存在は他の人には見えていない。それを承知で付きまとい、そして面白いことがあればともに笑う。彼女は彼の真意に気づいていた。

 ――彼は彼女を通して、やり残したことをやっている。

 彼はなぜ自殺したのか。これほどまでに有能な彼であれば、不満なんて何もないはずなのに。何があったというのか。彼女はそんな彼のことが、どうしても知りたくなっていた。それは彼に関わるものにも向けられるのだ。


 四


「貴方はなぜ自殺したの?」「したかったからとしかいえねえかな。よく分かってねえんだよ」「思い出って何かある? 夏は海とか!」「海っつったら、友達と釣りとかいったな。夏休み自体はエンジョイした覚えもないよ」「綺麗な青空。こういういい天気の日って、何かやりたくならない? ほら、何か気持ちいし、思うところは無い?」「俺も山に買ったばかりのクロスバイクのりまわしてた時はよく仰いでたな。でも今は、な。自殺した俺の友達も天気のいい日に飛び降りたらしいし、俺も晴れた日に首吊った。青空は切ねえわ」

 彼女はよく彼と話すようになった。そして、彼女は彼の話す内容に合わせて行動範囲を広げていった。

 

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