ガトゥの質問 1
部屋に戻ると、ずっと押し黙っていた梨奈がたまらずに、堰を切って喋りだす。梨奈は身振り手振りを大げさに交える。
「あのガトゥって人、どこか信じられない。話が切れ切れだし」
「僕もそう思った」
祐樹は口元に手をあてながら、慎重に相槌を打つ。梨奈はガトゥへの不信感を募らせる。梨奈は尚も疑問を並べ立てる。
「それに彼、酷い事件なのに気にも掛けていない。まるで日記の1ページみたい。全部予想してたみたいで。……冷たい」
「そうだね。それに……」
祐樹は、まくし立てる梨奈に少し気圧されながらも、頷くと考え込む。
「さっきの女の人、言ってただろう? 『時間の管理』がどうとかって。それがガトゥさんと何か関係が……」
「そうよ。きっと」
梨奈はその言葉に身を乗り出して食らいつくと、気持ちを静めようとした。二人の会話が更にガトゥへの疑問で膨らみかけた時、二人の話し振り、懸念に、気づいたかのように扉をノックする音が響いた。梨奈が警戒して壁に後ろ手で張り付く。
「彼だ」
祐樹は一度、人差し指を口元に立てて、梨奈へ静かにするよう促すと、熱を帯びた右手でドアのノブを握る。祐樹の開けた扉の向こう。そこには梨奈の言った通りガトゥが立っていた。
ガトゥの鼻筋は通っていて、切れ長の瞳は、右目だけが二重で、左目は奥二重になっている。ガトゥは一言「いいかい?」とだけ尋ねると部屋に入って来た。そして戸惑う祐樹と梨奈に、彼は冷たい口振りで尋ねる。
「シンプルに訊こう。タイムワープは今回が初めてかい?」
この質問で、祐樹と梨奈は自分達に何が起こったのかが分かった。二人は顔を見合わせて冷静に事を運ぶ。梨奈が先にガトゥへ訊く。
「タイムワープって……。ガトゥさんって一体……」
ガトゥは、祐樹と梨奈、二人と対等に話すつもりなどまるでないようだった。ガトゥは梨奈の質問を冷たくあしらう。
「質問の答えになってないね」
祐樹が一つ息を飲むと、自分を奮い立たせてガトゥに尋ねる。
「俺達から質問をしても?」
ガトゥは落ち着き払っている。彼は様々なシチュエーションに対応出来るよう、よく訓練されているようだ。表情は少しも動かない。ガトゥは祐樹に促す。
「どうぞ」
祐樹は改めてガトゥに訊く。
「さっきウィルさんとオービルさんにした話は本当ですか?」
ガトゥは冷たく真実を告げる。それはまるで祐樹と梨奈を子ども扱いしているかのようだった。ガトゥは返答していく。
「いいや。ノーだ。真実をライト兄弟二人に話したとしても混乱させるだけだっただろう」
ガトゥは右掌を軽く挙げると、澄ました右目をピクリと見開かせる。
「事が起こった以上、私は彼らとパートナーシップを結ばなければならなかった。だから嘘をついた」
祐樹と梨奈は、無意識にそっと手を握り合う。祐樹は意を決してガトゥに頼み込む。
「僕達には、本当のことを」
ガトゥは、祐樹と梨奈が現状では無力だと理解しているようだった。ガトゥは頷く。
「一つ一つ事実を話そう」
ガトゥは告白していく。スラスラと喋り立てて行くガトゥには優しさの欠片もないように祐樹と梨奈には思えた。
「まずあの女は、『紫紺の羽根団』という組織の人間だ。国家組織の人間という、さっきの私の話は嘘だ」
祐樹と梨奈は、自分達の巻き込まれた事件の大きさを前に、不安を何とか鎮めようとしている。一度頬をサラリと撫でたガトゥの話に、祐樹と梨奈は聞き入る。
「私がある国家機関の人間だという話に嘘はない。ただし、私は20世紀初頭の人間ではない。これが全てだ」
梨奈は両人差し指を、頭の周辺で何度かグルグルさせると、話を整理してガトゥに今一度訊く。
「つまり、ひょっとしてガトゥさんは未来からとか? そういうこと?」
ガトゥは感心したように口元に笑みを浮かべる。
「その通り。素晴らしい推理だ」
そしてガトゥは今一度問う。
「さぁ今度は君たちが質問に答える番だ。タイムワープは、初めてだね」
ガトゥはのんびりとしたお喋りを、二人とするつもりなど更々ないようだった。ガトゥに左掌を差し出され、促された祐樹は、隠すつもりはないし、隠してもすぐにバレルと直感した。だから正直にこう話す。
「はい。梨奈を庇おうとして。その瞬間に」
ガトゥはその答えに満足したようだ。彼は言葉を連ねる。
「タイムワープのスキルを使ったのは祐樹君、君だね。能力が現れたのならば仕方ない。私がアドバイス出来るのは悪用を避ければ身の安全が保障されるということだけだ」
祐樹は、余りに直裁に要求ばかりするガトゥへ、観念するように白状する。
「悪用って! 自分でコントロール出来ないんですよ」
するとガトゥと祐樹のやり取りを黙って聴いていた梨奈が、二人の話に割って入る。彼女は挑戦的だ。生来の負けん気から挑むようにガトゥに尋ねる。
「ガトゥさん、ホントに未来から来たんですか? 私には信じられない」
ガトゥは、この勝気で小生意気な少女の軽い挑戦状を易々と受け取る。ガトゥは右手で祐樹の手を、左手で梨奈の手を握り締める。
「分かった。いいだろう。その分、君達には協力してもらう。私にはライト兄弟との橋渡し役が必要なのだから」
そう言うとガトゥは瞳を閉じて、体を素早く斜めに傾ける。その瞬間、あの衝撃が祐樹と梨奈に走る。すると20世紀初頭のアメリカの景色は瞬く間に遠のき、激しく風が「振れた」。
それは祐樹と梨奈にとって二度目のタイムワープだった。