エピローグ
祐樹はいつもの小高い丘の上で、参考書を気ままに捲っていた。今朝は早くに目が覚めて、学校に行く前の一寸した寄り道をしていたのだ。
遠くから澄み切り、聞き馴れた声が響く。相変わらず張りのある声だ。梨奈が自転車に跨り、祐樹に呼び掛ける。
「祐樹! 学校行くよ。早くしないと遅れちゃう!」
「分かってる! 今行くよ梨奈!」
祐樹は梨奈に駆け寄る。二人は気ままにお喋りをしながら、学校への道を駆け抜けて行く。今では祐樹は学校にもよく通うようになり、来年の春の高校受験に備えている。
あれから……、21世紀日本に戻るタイムワープをしたのを最後に、祐樹はタイムワープの能力を失ってしまった。
祐樹に能力が託されたのは、ライト兄弟に祐樹を引き合わせるためだったのか、真也の旅を終わらせるためだったのか、祐樹には、分からない。
ただ、祐樹は知っていた。いつまでも自分は「ライト兄弟の揺り籠」で眠る幼子ではいられないということを。
祐樹は透き通る青空を見上げると、梨奈の乗る自転車を押して走り出す。梨奈が大きな声で、祐樹を駆り立てる。
「祐樹! もう自分一人の力でも、飛べるよね!」
「あったり前だよ!」
祐樹は爽快に笑った。駆け抜けて行く光の中に風が溶け込んでいく。祐樹は、自分が取り戻したささやかな日常を満喫していた。
瞬く光の波間に揺られて、祐樹の胸に息づくライト兄弟との思い出は風のように吹き抜けていく。人類初の動力飛行が行われたノースキャロライナ州のキティホーク、地面が緩衝材として働くほど柔らかい、広大な砂浜へと。
幾つもの傷と痛みを携えて。大空高く飛翔する「フライヤー号」とともに。




