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ガトゥ登場 3

 ウィルは割れたガラスの破片を浴びてケガをしている。祐樹と梨奈はライト兄弟に駆け寄る。窓ガラスのカーテンは不気味な余韻を残して揺れ動いている。紳士服の男は的確に指示を出す。

「早くウィルさんの手当てを。襲撃はしばらく来ない。第二、第三の刺客は当分考えなくていい」

 オービルは、突然の来訪者、この紳士服の男の指示に、不快感を露わにして抗議する。

「何なんだ、あんたは。詳しい説明はあるんだろうな。あんたとさっきの女の争いに俺たちは巻き込まれたとしか思えないぞ」

 紳士服の男はこの程度の争い、諍いなど日常茶飯事な様子で、オービルの苛立ちを気にも留めていない。男は躊躇いなく答える。

「オービル、君の言う通りだ。詳しい説明はウィルさんのケガを治してからだ」

 オービルは、事情を何ひとつ説明しない男に、不信感を募らせているようだ。たまらずに声を荒らげる。

「馴れ馴れしく名前を呼ぶな。俺達を良く知っているのはわかった。だがまず身元を明かすのが先だろう」

 すると男は、自分の問題処理のスピードが、皆を戸惑わせているのをようやく悟ったのか服を整える。

「分かった。君の言い分にも一理ある」

 男は極手短に、余分な要素を省いて自己紹介をする。この男のスラリと伸びた背筋が、男の妖しげな魅力を引き立てていた。

「私の名前はガトゥ。ガトゥ・バラディン。ガトゥと呼んでくれ」

 ガトゥ。そう自分を確かに呼んだ男。彼の容貌は整っていたが、どこか人間味がなく、冷たい印象がある。そして彼の唇は血が通っていないかのように薄く透き通っていた。

 オービルは、ガトゥの対応に一先ず満足したのか、それともウィルの怪我が何より気掛かりなのか、早々とウィルを連れて居間へと向かった。

 ウィルのケガの治療は居間で行われた。どうやら浅い傷で済んだようだった。穏やかなウィルと激情家のオービルは対照を成している。治療が終わるとオービルは、早速ガトゥに咎めるように訊く。

「さて、話を聞こうか。ガトゥ、君は俺達をただ単に助けただけなのか。それとも他に何か目的があるのか。そして何よりさっきの女は一体誰だったのか。詳しく聞かせてもらう」

 ガトゥは冷静だった。彼は、血の気の多いオービルを手懐けるように答えていく。ガトゥの語る事実は冷徹な響きさえ携えている。

「あの女は第三国の刺客だと考えてもらって間違いはない。君達の発明を軍事に使おうとしているのはイギリス、フランス、ましてやアメリカだけではないんだよ」

 オービルはガトゥの返答に不愉快げだ。決して満足はしてはいない。右掌を何度か開いたり、閉じたりすると更に詰問する。

「第三国? 名前も明かせないのか? 俺達は当事者だぞ。何も知らないまま国家間の争いに巻き込まれたくはない」

 ガトゥの口調からして状況は切迫しているようだ。ガトゥは淡々と質問に答えて行く。

「これは機密事項だ。第三国がどの国家なのかあなた方が知っても特に利益にはならない」

 オービルは、机を右掌で軽く一度叩いて、感情を荒立てる。

「全て隠すつもりか? 俺達は何も知らないまま危険に晒されるのか?」

 ガトゥはオービルの問い掛けにも全く動じる様子はない。

「必要があればお話する機会もあるだろう」

 オービルは、ウィルを気遣いながらも舌打ち交じりに言い放つ。

「今がその時だと思うがね」

 ガトゥは腑に落ちないオービルを意にも介していない。ガトゥはスクっと背筋を伸ばし、その佇まいはいかにもスマートだった。

「私の身元についても言及しなければならないね。私はある国家機関の人間だと解釈してもらって結構だ」

 オービルは、はぐらかしや、誤魔化しが気に食わない性分のようだ。オービルは気短に畳みかける。

「ある国家機関? アメリカのか?」

「それは明かせない」

 オービルは両手を大きく開いて感情を吐き出す。

「第三国の刺客。ある国家機関。どれも説明になってないぞ! 俺達が知りたいのは誰が俺達を狙ったのか! 具体的な名前だ! そしてガトゥ、君の身元についてもだ。隠すばかりが能じゃないだろう」

 ガトゥはオービルを宥めるように、だがどこか毅然として告げる。

「自分の利益に繋がらない事実を知っても、さして意味はない」

「くっ!」

 オービルはガトゥの理に適った、しかし同時に人を跳ねつけるような返事に、不満ありげに口をつぐんだ。

 オービルとガトゥのやり取りを、黙って聞いていた祐樹は、タイミングを見計らい、ガトゥに訊く。それはさっきの女が口にしていた言葉についてだ。

「ガトゥさん、『時間の管理』って何ですか」

 その時、ガトゥの表情が一瞬だけ変わった。それは彼の活動の核心に触れるからのようだった。ガトゥの口振りに厳しさが宿る。

「君達には、後で話そう」

 そのガトゥの落ち着いた表情、取り澄ました風貌に、どこか安心感を覚えた祐樹と梨奈は、話がひと段落ついたのを見計らい、寝室へと戻った。


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