イズー・マドクルウァ 2
「レリュさん、その前に会いたい人がいるんです。歴史が完全に閉ざされる前にもう一度会いたいんです。俺のタイムワープの能力では出来ない。だから、手伝ってもらえませんか」
するとレリュは左腕の「天使の羽根のタトゥー」を見せて微笑む。
「祐樹、大丈夫。このタトゥーは閉じかけた歴史を開く能力を持っているから。あなたと初めて会ったあの時も同じ仕組みを使ったのよ」
祐樹は、レリュと初めて「出逢った」時を思い出して、安心したように笑う。
「レリュさん、お願いします」
レリュはダデュカに呼び掛ける。
「ダデュカ。しばらく時間を貰うわね。戻るまでに心の準備をしておいて。用が終わったらすぐ行動するわよ」
ダデュカはリラックスした様子だ。
「分かった。いつも物分かりのいい女だ」
「順応性があると言って。それじゃ、祐樹。行くわよ」
祐樹はレリュの体に触れると彼女に連れられてタイムワープをした。その時「振れた風」は、祐樹にはとても心地よく感じられた。
祐樹とレリュは次の瞬間には「ホーソーン」と呼ばれる小高い丘の麓に移動していた。丘の上には静かな佇まいの住居が建っている。祐樹はレリュに促されて歩きだす。
傾き掛けた夕陽が橙色に滲んでいた。祐樹は走り出して、その人物に会いに行く。涼しげな風が優しく吹き抜け、祐樹の胸は高鳴っていった。
控え目な家屋。その玄関先のバルコニーで籐椅子に揺られて、「彼」は夕陽を眺めていた。祐樹は鼓動を鎮めて行く。「彼」は白く染まった髪を後ろに撫でつけて、優雅に腰掛けている。
祐樹は「彼」。オービル。オービル・ライトの肩に触れた。そう。ここホーソーンの別宅は、オービルが晩年を過ごした場所だった。
ゆっくりと後ろを振り向いたオービルは瞳を大きく見開いて、無邪気な笑みを浮かべた。年月を重ねたしわが幾つ刻まれていても、そこには危険を省みない、自由奔放なあのオービルがいた。
オービルの表情はすぐにも輝きを取り戻し、祐樹の手触りを確かめるように訊く。
「祐樹……。祐樹なのか」
祐樹はにこやかに小さく頷く。オービルは健やかに空を見つめる。
「最後に、君の話を聞いたのは兄さんが死んだ年だ。ウィルは研究生活を静かに送ろうとしていた」
オービルは懐かしげだが、どこか寂しげでもあった。




