覚醒 3
祐樹が次に移動した場所は、祐樹の通う学校の体育館裏だった。時間は……いつだろう。そう祐樹が推し測っていると、煙の匂い。どこからか煙の匂いがする。
煙草だ。誰かが煙草を吹かしている。祐樹は頭を二、三度振ると、その「誰か」を見た。
その人物は、祐樹がタイムワープの能力を開花させるきっかけを作った金木だった。校内一の不良の金木。金木は焦げ色の体育館の壁に寄り掛かり、煙草を吸っていた。
ニコチンとタールが彼を心地よくさせている。金木は祐樹が突然、目の前に現れても気が付かないほど煙草に溺れていた。
祐樹が震える膝で立ち上がろうとすると、金木は祐樹にようやく気がついたようだった。金木の視線は冷たく、淀んでいた。彼は携帯灰皿に煙草の吸殻を仕舞うと祐樹に話し掛ける。
「お前、何してる」
金木の声には起伏がなく、威嚇するようだ。
「いきなり消えたと思えば現れる。お前は一体何をやってる」
祐樹は頭がフラフラでこう尋ねるのがやっとだった。
「今日は……、何月何日だ? あれから何日経った?」
金木は怪訝な顔をした。それでいて金木の威圧的な目の動きは変わらない。
「何を言ってる。今朝会ったばかりだろう。お母さんに今日の日付を教えてもらわなかったのか?」
その瞬間、祐樹の体に稲妻のようなものが駆け巡る。
「戻ってきたんだ。元の場所に! やっと!」
金木は興奮する祐樹を尻目に手首を揉みほぐし始める。金木は明らかに不愉快そうだ。大きな歩幅で祐樹に近づくと問い咎める。
「どうしてこの場所に来た。俺が煙草を吸うのは知ってるだろう。教師達に告げ口するためにでもやって来たのか」
祐樹は頭を整理して、これから何をしたらいいかを考えた。だから金木の質問も聞き流してしまった。
「違うよ。そんなんじゃない」
この返事は金木を苛立たせるに充分だった。金木の顔が険しくなり、視線が鋭くなっていく。金木は祐樹に歩み寄り、素早く祐樹の右腕を捻りあげる。
「相手を見て話をしてくれないか。俺は小馬鹿にされるのが嫌いでね」
祐樹の右腕は今にも千切れそうだった。痛みの余り叫ぼうとしたその時、祐樹の衝動が祐樹の体を駆け抜ける。
梨奈を助けたい気持ちが、過去を辿ったこれまでの旅路が、祐樹の胸の奥に燻る「野性味」を奮い起こす。
祐樹は右手を強く握り締めると、思い切り金木の腹部を殴りつけた。
金木は……、ピクリともしなかった。祐樹のボディブローは金木の分厚い腹筋に見事に防がれた。
もう祐樹は金木に打ちのめされるのを覚悟した。だがその次の瞬間だった。金木は手の力を緩め、祐樹の腕を解いた。金木は感心している。
「お前、何か変わったな。何か……、変わった。力とか運動神経とかそんなものじゃない。何かが変わった。今のお前は、俺の知ってるクズじゃない。お前は『今』を生きてる」
金木は少し満足したように笑みを浮かべると祐樹に促す。
「行け」
祐樹は訊き返す。
「えっ?」
金木は煩わしげに繰り返す。
「行けよ。何か急用があるんだろ」
「んっ、そうだ。ありがとう」
祐樹は金木の心変わりに少し戸惑いながらも、そう返事をして体育館裏を後にした。祐樹が振り返ると、金木はもう一度夢見心地で煙草を吹かし始めている。
駆けだした祐樹はまたすぐに次のタイムワープが起こるのを予感していた。




