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覚醒 2

 タイムワープで路上に放り出され、腰を落とす祐樹のもとに一台の車が近づいてくる。その車は静かに徐行すると停まった。車のドアが開き、一人の男が降りてくる。

 その男は驚きの声をあげる。聞き覚えのある声。それは聞き間違うはずもない。その声の主は、ウィル。ウィルバー・ライトだった。彼はひざまずく祐樹に駆け寄る。

「祐樹! 祐樹じゃないか! どうしたんだ。こんな場所で!」

 激しい痛みに耐えながら祐樹は尋ねる。

「ウィルさん、ここはどこですか。今は……、今は西暦何年ですか?」

 ウィルは、突然にも再会出来た祐樹に驚きながらも答える。

「祐樹。ここは、イリノイ州スプリングフィールドだ。西暦は1912年」

 イリノイ。スプリングフィールド。祐樹の頭は混乱した。だがすぐに祐樹は1912年が特別な年であるのを思い出した。そう、この年はウィルの亡くなった年だった。

 シックなスーツを着こなし、晴々とした表情のウィルからはその兆しさえ感じられない。彼は心配げに祐樹の体を労わる。

「大丈夫か。祐樹。最後の別れからもう三年経つ。僕は今、ここで大学の教授をしている。君の方は、順風満帆とは……、いかないようだな」

 ウィルの直感は鋭い。

「ひょっとして祐樹。君はあれからまだ少ししか時間が経っていないんじゃないか?」

 ウィルは心配げだ。ウィルは両手を祐樹に差し伸べて、次々と推理していく。

「君はタイムワープをして偶然、この場所に居合わせた。君は未だに軟禁されているんじゃないか? だとしたら……、梨奈は無事なのか? 彼女は取り戻せたのか?」

 祐樹はウィルに気遣いさせるつもりはなかった。ウィルは新しい歴史を歩きだしているのだから。

 祐樹は古い歴史に未だ囚われた存在だ。ウィルをこれ以上祐樹たちの騒動に巻き込むわけにはいかない。祐樹はすっくと立ち上がる。

「大丈夫。平気です。ウィルさん。少しタイムワープの練習をしていたんです」

 ウィルは祐樹の真意を窺っている。ウィルの疑いを晴らすように祐樹は両手を広げる。

「久し振りにウィルさんと話でもしたいと思って。ふとした思い付きでここへ。ウィルさん、教授になられたんですね」

 祐樹の言葉に少し落ち着いたのか、ウィルの表情にようやく精気が戻る。

「あぁ。教授職に招かれてスプリングフィールドに引っ越したんだ。この辺りは快適でね。健やかに暮らせるよ」

 祐樹は訊く。

「オービルさんは?」

「オービルは航空事業に乗り出している。彼は競争の激しいビジネスの世界が性格的に合ってるらしい。昔から僕よりオービルの方が血の気が多かった」

 ウイルの答えに祐樹は笑って頷く。そして尋ねる。

「二人は今でも協力を?」

 ウィルは楽しげに答える。

「ああ、ビジネス上のアドバイスや意見は時折オービルに話をしてる」

 ウィルは祐樹を安心させるように冗談めかす。

「今でもライト兄弟の絆は健在というわけだ。祐樹、君は?」

 祐樹はウィルに心配を掛けまいと取り繕う。祐樹はとにかくウィルを安心させたかった。

「俺は今、大学を目指して受験勉強中です。理工系の大学に進もうと思っています。ウィルさん達との出逢いがきっかけになったんですよ。きっと」

 ウィルは朗らかに笑う。

「それは良かった。君なら必ず合格出来る。自信を持っていい。吸収力は抜きん出ているのだから」

 祐樹は礼を言う。

「ありがとうございます。……それにしても今日は暖かいですね。むせ返るような暑さだ」

 ウィルは照りつける太陽を仰ぎ見る。

「ああ、本当だ。今日は陽差しが強いよ。格別だ」

 それが祐樹とウィルが交わした生涯最後の言葉になった。祐樹は深呼吸をして、次のタイムワープに備える。

「それじゃあ、ウィルさん。俺は行きます。何しろ簡単に使ってはいけない能力なので」

「ああ、そうか。気をつけて」

 穏やかな風が二人の間をすり抜けて行く。祐樹は別れの言葉を口にする。

「さようなら」

「ああ、さようなら」

 清々しい気持ちが祐樹の胸の奥を吹き抜けて、祐樹は、風が「振れる」のを感じた。ウィルの姿が遠く離れ、祐樹はタイムワープをした。

 祐樹はタイムワープの能力をまだ完全にコントロール出来てはいなかったが、選ばれる場所が少しずつ祐樹にとって身近な場所に変わり始めていた。


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