飛ぶ 3
そして飛行訓練当日。前回の突然の中止にも関わらず、会場は人で溢れ返っていた。ハイソサエティから一労働者まで、皆、ライト兄弟の新発明を目に焼き付けようとしている。
ウィルとオービルは軍の関係者や政府高官との話、メディアへの対応に追われていた。
祐樹には時が経つのがとてもゆっくりと感じられた。祐樹と梨奈は機体の最終チェックをして、安全面を確かめる。
あとは訓練が始まるのを待つだけだった。ウィルとオービルは相変わらず、軍関係者に飛行機が飛ぶ仕組みを詳しく話していた。
その表情からは、彼らが死の危険に晒されているとは微塵も感じられなかった。祐樹達は祐樹達で誰も飛行機に細工が出来ないように、機体から離れなかった。
するとふと人影が一つ、滑走路に近づいてきた。梨奈が不愉快げに祐樹に目配せする。人影はセルフリッジだった。祐樹は正直、嫌な感情を彼に抱いていた。
セルフリッジは祐樹達に歩み寄ると、冷たい笑みを浮かべる。梨奈は眉をひそめる。セルフリッジは宥める。
「そう警戒するな。私は闇雲に人を傷つけるような人間じゃない。軍人かたぎだが、間違いは間違いと認める男だ」
祐樹は口を尖らせて尋ねる。
「『間違い』って何ですか?」
セルフリッジは悠然と飛行機の機体を眺める。
「色々だ」
梨奈は嫌悪感を隠そうともしなかった。だがセルフリッジからこの前の挑発するような素振りは消えていた。彼は物思いに耽るように話を始める。
「昨日の夜、不思議な夢を見てね。私は飛行機に乗り、空高く飛んでいた」
セルフリッジの急な独白にも関わらず、祐樹と梨奈は彼の話に耳を傾ける。
「そうすると雲のすき間から光が射し込み、死んだ祖父の声が聴こえてきたんだ」
セルフリッジの話は追想のようで、話す相手は誰でも良さそうだった。
「祖父は言った。『お前はまだ飛び続けろ』と。私は仕組みさえ良く分からない操縦桿を握ると太陽目掛けて飛行機を上昇させていった」
セルフリッジは青空を仰ぎ見る。
「そしてどこからともなく、人々の歓声が聴こえてきた。そこで私は目が覚めた」
祐樹と梨奈は顔を見合わせる。その夢はセルフリッジが死を免れたシンボルであるように思えたからだ。セルフリッジは機体に手を触れる。
「他愛のない夢だ。だがそれが飛行訓練成功の暗示であればいい。そう願ってもいたんだ」
セルフリッジは前回と比べて清々しかった。祐樹と梨奈は彼への誤解が解けていくのを感じ取っていた。




