飛ぶ 2
ウィルとオービルが「飛ぶ」ことを決めてからの三日間、祐樹達は飛行機の整備に力を注いだ。
目的は一つ。セルフリッジ中尉を乗せた飛行訓練を成功させることだ。ウィルとオービルの決断を知った紫紺の羽根団が、当日までに妨害してくる可能性は十分あった。
それなのにウィルとオービルに少しも迷いはなかった。二人は空を飛ぶ事に賭ける強い意志そのものだった。
飛行技術を遅らせるどんな要素も彼らは拒んだ。二人は死さえ恐れずに、人類を進歩させようとしていた。
ウィルとオービルは知っていたはずだ。紫紺の羽根団の能力が超人めいているのを。
そして紫紺の羽根団は一度口にしたからには、彼らの意志に反する組織、人間を裁くという事実をも。
それでもウィルとオービルは恐怖心を少しも見せなかった。彼らの決断が正しいのかどうかは祐樹には分からなかった。
ただライト兄弟は保身のために後ずさりするような人間ではない。祐樹はそんな二人を心から尊敬していた。
飛行訓練までの三日間は瞬く間に過ぎ、祐樹達はついに飛行訓練を明日に迎えた。
その夜、祐樹と梨奈はウィルに手配してもらったホテルの一室で話し込む。
梨奈も祐樹と同様、ウィルとオービルの強さに心打たれていた。この三日間、彼ら、ウィルとオービルは死の影さえ完全に拭い去っていたのだから。
「ねぇ、祐樹。ウィルさんもオービルさんもカッコ良かったね。ウィルさんの話……私、胸に来ちゃった」
梨奈は両指を絡めあわせ思い切り手を伸ばす。
「あんな考え方が出来る人がいるんだね。命が危険に晒されてるっていうのに」
祐樹はベッドの上で膝を抱えて、毛布を口にあてがう。
「俺もそう思う。彼らは……思想家? そんな感じもする。本当の所、俺には何が正しいのかわからない。でも俺はウィルさんとオービルさんを応援するよ」
「私も同じ」
祐樹は祐樹なりに工夫して、ガトゥや紫紺の羽根団と駆け引きをしているつもりだった。
だが最後に未来を決めるのは、その時代の人間でしかないと祐樹は改めて思い知らされていた。
少し黙り込んだ祐樹に梨奈が声を掛ける。その声の抑揚には優しさがあった。
「祐樹」
「んっ?」
「私を二人に引き合わせてくれてありがとう」
「……ん?ああ。別に俺のおかげじゃないよ」
二人が交わした言葉はどこか拠り所を求めるように、夜の闇へと消えていった。




