ライト兄弟の揺り籠 4
祐樹はウィルとオービルに駆け寄る。そして膝についた砂埃を払うオービルに呼び掛ける。祐樹は我を忘れて興奮しきっていた。
「おめでとうございます! オービルさん!」
オービルは、祐樹の想像以上に整った顔立ちで、その身なりはとても洗練されていた。オービルは突然の黒髪の訪問者にも戸惑うことなく応える。祐樹は日本語を喋っているつもりだったのになぜか、オービルに言葉が通じた。
「ありがとう。エキサイティング。この一言に尽きるよ」
兄のウィルも気さくで砕けた話し振りだ。ウィルはオービルの肩を抱き寄せる。ウィルは本音を零す。
「理論的には完璧だった。あとはそれがどう実証されるかだったんだ」
そこへ梨奈がようやく祐樹に追いついて、祐樹に呼び掛ける。
「ねぇ、ちょっと! 祐樹ってば!」
すると祐樹と梨奈の姿を認めて、オービルがふと素朴な、それでいて当たり前な質問をする。
「ところで君達は、誰だい? どこから来たんだ? こんな物寂しい場所。キティホーク、キル・ビルにどうして立ち寄ったんだい?」
咄嗟に言葉が思い付かない祐樹を見て、庇うように梨奈が会話に割って入る。その場を取り繕うのは梨奈の方が上手い。
「私達は旅行者です。研修でこの地方の地層を調べに来ていたんですよ」
それを聴いてウィルは感心した。物怖じしない梨奈に好印象も持ったようだ。梨奈は滑らかにお喋りを続ける。
「それで、お二人の飛行実験の噂を聞いて、駆けつけたんです」
状況を一度把握すると、先手先手を打つのが梨奈のいい所だ。感心する祐樹を横目に、梨奈はウィルとオービルに頼み込む。
「それで折入ってお願いがあるんですが」
オービルもこの才気煥発な女の子、梨奈に好意を持ったらしい。彼は寛大さを見せる。
「ああ。なんでも言ってくれ」
「実は私達、旅費をなくしてしまって」
梨奈の事情を聴いたウィルがすぐに事態を把握する。
「分かった。それで泊まる場所を探しているんだね」
梨奈はこの理解の早い二人の兄弟にすっかり魅了されたようだ。梨奈は二人に早々と打ち解けている。梨奈は快活な笑顔を見せる。
「ええ、そうなんです」
オービルはフライヤー号の機体に触れる。
「心配いらない。僕達もテート夫妻宅に泊めてもらってるんだ。寝室が一つ空いてる。僕たちが頼んでみるよ」
「ありがとうございます。えっと……」
そう言い掛けて、梨奈は祐樹に小声で訊く。
「このお二人、誰?」
「ウィルとオービル」
祐樹がそう答えると、満面の笑みを浮かべて梨奈は両掌を合わせる。
「ウィルさんにオービルさん! ありがとうございます!」
オービルはフライヤー号との写真撮影の準備を始めている。
「いや構わないさ。ちょっと待ってくれ。俺達は飛行機や実験器具を片付けなくちゃいけない。終わり次第、車でテート夫妻宅へ行こう」
写真を撮り終えたウィルとオービルは、初の有人飛行を成功させた余韻に浸りつつ、飛行機の解体を始めた。祐樹は梨奈に伝える。
「ありがとう。梨奈」
「ううん。平気よ。祐樹が興奮してたから」
そうしてライト兄弟はパーツごとに解体した飛行機をテントに収めていく。キティホークには透き通る風が、飛行実験の成功を祝福すべく吹き抜けていた。
二人は自分達の置かれた状況をしばらくの間忘れていた。だがしかし改めて事の重大さを悟った二人はふと呟く。
「これからどうする?」