未来社会 1
聴衆が徐々に会場をあとにし、会場が静けさに包まれる中、一人の軍服姿の男がライト兄弟に声を掛ける。男は屈強だった。
「ウィルバー君に、オービル君、君達の更なる名誉の機会が失われて、まことに残念だ」
男はウィルとオービルの反応を待たずに持論を口にする。
「今日の突然の訓練中止を見る限り、飛行技術の発展は前途多難という印象だ。私自身、事故死も覚悟していたくらいだからね」
オービルが一度軽く歯噛みして、男を祐樹と梨奈に紹介する。
「祐樹、梨奈。彼がセルフリッジ中尉だ。飛行機に同乗する予定だった方だ。中尉に不快な思いをさせてしまった。申し訳ないよ」
祐樹はセルフリッジに軽く会釈する。セルフリッジはどこか傲慢な印象がした。セルフリッジは皮肉混じりにこう口にする。
「君達は少しでも想像したことがあるかね。この飛行機とやらが敵陣の遥か上空を飛び、爆弾を落とす姿を」
飛行機発明の暗い影を指摘したので梨奈はイヤな顔をする。セルフリッジは構わずに続ける。
「その爆弾は軍人だけでなく、民間人をも巻き添えにするだろう。それでも君達は科学を進歩させたと無邪気に胸を張れるかね」
ウィルは口を真一文字に結び、何も言わなかった。オービルだけが、セルフリッジに意見する。
「中尉、私も戦争について無理解なわけではありません。私は、飛行技術が戦争の抑止力になると期待しています」
そしてセルフリッジに念を押す。
「どうか私達を単なる空想家だと誤解なさらぬように。それが軍部と私達の理解を深めることになるでしょうから」
セルフリッジは眉間にしわを寄せて不快感を滲ませる。オービルがここまでしっかりした考えを持っているとは思わなかったのだろう。セルフリッジは手短に話を締めくくると立ち去る。
「くれぐれも事故死など起こさぬことだ。君の理想論が空回りしない為にも」
梨奈がセルフリッジを見送り、呟く。
「ヤな男」
ウィルとオービルは俯いていた。小雨が降り始め、雨粒が祐樹達の衣服を濡らしていく。
祐樹はライト兄弟の生きた時間が決して「夢の世界」などではないのを、その時実感していた。




