ライト兄弟の揺り籠 3
祐樹と梨奈の二人は砂粒が冷たい丘の上に倒れ込んでいる。乾いた風が吹き抜けて、二人の肌に触れて行く。
祐樹が上体を起こして、遠くを見据えると、そこには翼を備えた手製の飛行機が見えた。祐樹は凄まじいスピードで記憶を辿っていく。あの勇姿、機体のフォルム。祐樹は混乱しながらもすぐに、それがライト兄弟の飛行機、「フライヤー号」だとわかった。祐樹は呟く。
「フライヤー号。どうしてここに? それじゃあ、この砂浜は」
祐樹は戸惑いながらも推し量る。彼は、幾つもの資料写真で見た記憶と景色を一致させて口にする。
「ここは、キティホーク?」
キティホーク。そこはライト兄弟が人類史上初めて空を飛んだ場所だ。突風が吹き荒れて、梨奈も立ち上がる。彼女の方はまだ事態がよく呑み込めていない。
「何? どういうこと? 一体何が起こったわけ?」
「静かに!」
祐樹は困惑する梨奈を制する。祐樹にとっては自分の身に起こった不可思議な現象よりも、歴史に残る瞬間を目に焼き付けることの方が大切に思えたのだ。いよいよ「フライヤー号」が離陸しようとしている。
それは人類が初めて空を飛ぶ瞬間だった。フライヤー号は滑走路を駆け抜ける。梨奈も機体の動きに目を奪われている。祐樹と梨奈の二人は「その瞬間」を見届けようとしていた。
翼の状態は全て良し。安定した性能の舵は、自転車屋だったライト兄弟ならではの優れものだ。いよいよフライヤー号が空を飛ぶ。祐樹と梨奈の興奮はピークに達する。梨奈が呟く。
「あんなので飛ぶんだ」
祐樹は手に汗を滲ませる。
「そう。飛ぶんだ。梨奈。見てろよ」
フライヤー号が人の手を離れて空へ飛び立つ。パイロットを務めるのはライト兄弟の弟、オービルだ。オービルは機体のバランスを保つ。祐樹と梨奈は声を合わせる。
『飛んだ!』
機体は見る見るうちに上昇していく。上気した祐樹も梨奈も息を飲む。そして砂浜から僅かばかりの距離をフライヤー号は飛び、永遠とも呼べる時を刻んだ。
59秒30。ほぼ史実の通り。一分弱の飛行時間を終え、フライヤー号は砂浜に軟着陸した。
パイロットのオービルに駆け寄るライト兄弟の兄、ウィルと、協力していた海難救助隊の人々。みんなが手を叩き合い喜んでいる。祐樹の足は自然と彼らのもとへ向かっていた。梨奈も祐樹をやむなく追い掛けていく。
「ねぇ! ちょっと待ってよ! 祐樹!」