再実験 3
満面の笑みでウィルがオービルに歩み寄る。二人は抱き合い、肩を叩き合う。二人は体をもつれさせて喜び合う。
その彼らに歩み寄る一つの人影があった。ラングレーだ。ラングレーは率直に自らの過ちを認める。
「見事だった。ウィルにオービル。私に非があったようだ。感服するよ」
ラングレーはライト兄弟に手を差し出す。だがその差し出された手をオービルは拒んだ。そしてオービルはストレートに思いをラングレーにぶつける。
「ラングレー教授、あなたには失望だ。あなたは実験の確認をせずに俺たちを告発した。俺は寛大にはなれない。この溝は埋めがたい。残念です」
ウィルはあえて何も言わなかった。一方ラングレーも黙ってオービルの言葉に耳を傾けて頷くと、一言こう言った。
「分かった」
そうしてラングレーは立ち去っていった。その後ろ姿には深い悲しみと後悔のあとが滲んでいた。ラングレーは人込みに紛れて行き、彼の思いも、言葉も歓喜の只中にかき消されていった。
その時はまだこの騒動の結末がどうなるのか、誰一人として想像だにしていなかった。
飛行実験が無事成功に終わった後、ライト兄弟は新聞社の上層部や国防省の幹部たちと食事をした。
当たり前だが、祐樹と梨奈は招かれず、テート婦人の手料理を頂いた。テート夫妻は、とても機嫌がよく、口も滑らかだった。
「ラングレー教授の告発の中身はよく知らないけれど」。そう前置きした上で、彼女は、ラングレー教授がフェアでなかったと感想を漏らしていた。
ウィルとオービルは招かれたホテルに一晩泊まることになっていた。祐樹と梨奈は、祐樹と梨奈で明日の新聞を心待ちにしていた。
夜。寝室で祐樹がベッドに横になっていると梨奈がぽつりと零す。
「ラングレー教授、きっと悪役に仕立て上げられちゃうね」
祐樹もその事が気掛かりだった。祐樹が紫紺の羽根団と関わり、偽の論文を忍ばせなければ、こうはならなかっただろう。ラングレーは素直に、ウィルとオービルの実験成果に喜んでいたはずだ。
だが祐樹の干渉でラングレーの人生は変わってしまった。彼がトラブルに巻き込まれた原因は祐樹にある。
祐樹は悲しみで気が塞いだ。祐樹の気持ちを察してか梨奈が一言付け加える。
「ラングレー教授も素直に間違いを認めたんだからさ。きっと信頼も取り戻せるはず。ライト兄弟とも仲直り。何も彼も……、きっと」
梨奈の言葉は、祐樹にはむしろ騒動の悲しむべき結末を暗示しているように思えた。




