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再実験 2

 キティホークの砂浜には新聞社が観覧席を急ごしらえして、全国から集まった人々が席を埋めつくしていた。

 観覧席を見つめるウィルの一言で祐樹は気付く。

「見ろ。祐樹。お偉いさんだ」

 そこには新聞社の上層部、傍らに彼らの説明を受ける軍の幹部が席っている。軍の幹部達はライト兄弟の発明が、軍事的にどういう意味を持つか知っているようだった。会場は異様な熱気に包まれている。

 主催者がラングレーとライト兄弟を引き合わせる。彼らは親しい間柄だったのに、今では深い溝が出来ていた。彼らの関係はもう元には戻らない。ラングレーとライト兄弟が握手を交わした後の長い沈黙が、それを物語っていた。

 ウィルは沈んだ表情で滑走路に「フライヤー号」を待機させる。そしてオービルはしきりに口元を拭いながら、カメラや映写機の手入れを始める。

 ライト兄弟はこの騒動で多くのものが失われたのを痛感しているようだった。それが祐樹には痛いほど分かって、切なかった。

 主催者の短めの開会宣言と挨拶が終わると聴衆の大きな拍手が響き渡る。操縦席にウィルが乗り込むと、オービルが機体を支える。

 祐樹と梨奈は少し離れた場所でその様子を見守っていた。二人には、振り向いたウィルとオービルが一瞬、微笑んだようにも見えた。

 会場に緊張が走り、祐樹は体中が痺れた。梨奈がそっと祐樹の手を握ってくる。祐樹は梨奈の右手を握り返した。

 そしてついに滑走路をフライヤー号が駆け上る。ウィルの態勢は万全。オービルの後押しも完璧だ。最高の条件でフライヤー号は滑走路を走り抜けていく。

 そして離陸寸前、一瞬の静寂と沈黙のあと。悲鳴にも似た歓声が響きわたる。

 次の瞬間には「フライヤー号」は……大空に舞った。フライヤー号は風の後押しを受けて、上昇していく。その姿は美しい。

 聴衆の反応はどうだ? 祐樹は気になって人々に視線を送る。見ると「フライヤー号」の空を飛ぶ姿に聴衆は心奪われている。そして彼らの沈黙は瞬く間に、どよめきに変わった。

 それは祐樹の耳に響き渡る。祐樹の顔はほころぶ。梨奈はもう一度祐樹の手を強く握り締める。

 波打つように人々は立ち上がり、ライト兄弟とフライヤー号を称えた。「フライヤー号」はより高く上昇し、結果、飛空時間は前回の記録を大幅に上回り、一分三十三秒を記録した。

 それはライト兄弟の飛行実験の成功を改めて印象付けるに充分な時間だった。

 フライヤー号はゆっくりと舞い降りて、クッションの役目も果たす砂浜に着陸する。人々が操縦士ウィルのもとに駆け寄っていく。ウィルは人々の握手責めにあう。ウィルの顔は安堵感で満ちていた。

 その時になって祐樹はふと、紫紺の羽根団もガトゥもこのエピソードには介入しなかったのだと気づいた。でもその理由については深く考えたくなかった。今は、ただただ成功の余韻に浸っていたい。祐樹はそんな気持ちでいた。


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