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オービルの独白 2

 格納庫に来た梨奈は何も言わず機体に触れると立ち尽くす。梨奈の口から素朴な疑問が零れる。

「私達、間違ったことしていないよね」

 実際、祐樹はそう信じないといけない状況にあった。祐樹は梨奈を見つめる。

「もちろんだよ」

 祐樹のその言葉は傾けきかけた夕陽に滲み、消えて行った。それはまるで事の顛末を暗示しているかのようだった。

 やがて時間は瞬く間に過ぎていき、ライト兄弟は再飛行実験の準備を始めた。

 それから数日間、ウィルとオービルは飛行機の点検に追われた。ライト兄弟の準備は出来ていた。余程のトラブルがない限り、何度でもフライヤー号は空を飛ぶ。彼らは既に勝利しているのだ。

 今回は「空を飛ぶ」事だけが目的だったので、ウィルとオービルはこれまで通り、機体を整備していく。ある時、舵の調整をしていたオービルがふと手を止めて祐樹に話し掛けた。

 オービルは誰か決まった相手に話している様子ではない。独り言に近く、相手は誰でも、祐樹でなくてもよさそうだった。

「祐樹、俺達兄弟は元々争い事が好きじゃない。飛行機開発に夢中になったのも、それは争う事が嫌いだったからだ」

 祐樹はオービルの突然の独白に耳を傾ける。

「大学に進学しなかった理由もその一つかもしれない」

 気性の激しいオービルが争い事が嫌い。それは祐樹には意外な言葉だった。だから祐樹は即座に口にする。

「争い事が嫌い。オービルさん、そんな感じには見えませんよ」

 オービルの心の焦点は定まらず、上の空だった。何か考えごとをしていて、手にした道具で不規則なリズムを取っている。オービルは祐樹の言葉に長い間隔をあけて応える。

「争い事。そんなものがなくなれば人間はどれほど幸せになれるだろう。銃声は途絶え、剣は鞘に収められる。人々は手を携える。争いの火種は消え、共に生きる」

 オービルは左手にある道具をこめかみ付近にあてて、寂しげに零す。

「それが俺の理想だよ」

 祐樹は、オービルの理想がイメージと違ったのに驚いていた。祐樹のオービルのイメージは勝気な研究家だったからだ。だが祐樹は、オービルのような考えがとても好きだった。祐樹が「人間」はオービルが望むほど立派な動物でないのを知っていたとしても。

 祐樹は、オービルの気持ちが踏みにじられる20世紀の歴史に想いを馳せて気が少し塞いだ。オービルは物憂げな気持ちを振り払うように、また蛇をチェックし始める。そして不意にオービルの表情が変わる。彼は勇ましい目をしている。

「だからこそ、俺達の心の拠り所を壊そうとする人間は許さない。それが例え恩師であっても。俺は、許さない」

 祐樹はその言葉に、オービルの、ライト兄弟の秘めた意思を感じ取った。祐樹は、オービルの気持ちに触れられて嬉しかった。それは本を読むだけでは決して知る事の出来ないものだった。

 そして時間は過ぎ行き、再飛行実験がいよいよ近づいて来た。


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